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容赦ない夏の日差しが照りつけ、口を開けると唾液さえ蒸発する気がする。

晴矢は会話の切り出し方がわからずにただ利玖の隣を歩き、
時折ちらりとその横顔を見た。
誘い出してくれたのは嬉しいのだが、不安が隠せないままなのだ。

「暑い。中、潜ろう」

利玖は地下鉄の出入り口を指した。
この日影になる階段で話をしようと言うのだろう、
晴矢は頷くと即座に日影へ体を入れた。

そして階に立つと利玖がどこに行くのか目で追う。

「これで風が出るといいのにね」

利玖は晴矢に並ばず、1段下に下りた。
並べば同じ身長なので目線が合うのに、利玖は後ろぐらいことでもあるのか退いて見せた。
積極的な利玖にしては意外な立ち位置だ。

「あのさ、利玖。聞いてもいい?」
「なにを?」
利玖は目を瞬かせ、晴矢の思いを読もうとする。

「…携帯」
「カバンが置いてあったから、番号をもらった」
「あ、そうなんだ」

「勝手にしてごめん」

その声は空気を変えた。

「え」

珍しく利玖が折れたので晴矢は声を失ってしまう。
そして慌てて手を横に振ると「いや、違う違う」と弁解する。

「別に咎めてないよ。後輩に教えていたくらいだし」

それは事実だ。
晴矢はただどうして自分の携帯番号を利玖が知ったのか、それを単純に聞きたかっただけだ。
自分の手元の携帯には利玖からの着信記録がある、
これさえも愛おしいと思えるほど晴矢は胸躍らせていた。

しかし目の前にいる利玖は困惑した表情を浮かべている。

「他に聞きたいことがあるよね?」
「は?」

「携帯・じゃないよね」

利玖は眉が下がり、唇の端を噛み締めて両腕を組んでいる。
いつもは強気な態度で挑むくせに、今の利玖の姿は晴矢には虚勢を張った小動物のように映る。

「…話がしたいんだ」

『聞いて欲しいのか』

利玖が腹を決めていると晴矢は悟った。
恐らく涼川との関係だろうと思い当たった晴矢は「あまり聞きたくない」とぼやいた。
しかしその声は小さすぎて、階段を上がっていくサラリーマンの靴音にかき消された。

「知ってたよね?あの先生との関係は精算したから」
「だから」

いきりたつ晴矢だが、2人の会話は学生らしき女性の群れの靴音と話し声に邪魔される。

「僕が有名大学へ進学するのが母の夢だった。それをかなえるために依頼した家庭教師が彼だ」
「…学年主任がカテキョーのバイト?」

晴矢にはにわかに信じがたい歴史が淡々と説かれていく。

「有名高校の主任だから、いい稼ぎになるそうだよ」

『はあ…規律正しいことを推奨させる割には、自分が道をたがえているんじゃないか』

どうりで後味の悪い会話をしたものだ、
晴矢は言葉につまり空を見上げようとして地下鉄出入り口の屋根を視界に入れた。
薄汚れたそれは晴矢の心境に似ていた。


「僕は彼を尊敬していた。だけど不本意な関係だった」

「もう、いいよ」


晴矢はうんざりな気分だった。

「俺は正直、見苦しいけど疑ったし嫉妬した。だけど今はそんな気持じゃないんだ」

晴矢の荒々しい声に利玖が目を見開いた。
予想外の言葉に自分がふられると思ったのだ。

しかし晴矢は「俺は利玖のことが好きだから、それでいいと思うんだ」と続けているのだが、
またしても地下鉄の乗降客の足音がノイズとなり利玖にははっきり届かない。

「晴矢、『そんな気持ち』って…」

衝撃を受けた利玖は言葉が滑らかに出てこない。
そして頭をわずかにふるわせ、明らかに足元が怪しくなる。
ここは階段だ、まっすぐ立っていないと下へ転げ落ちてしまう。

「僕は初めてきみを追いかけたんだ、今まで誰も追いかけたことなんてない!」
「え?り・利玖」

「そんな簡単に諦めるなよ、僕はきみを選んだんだ!」

激した利玖はここが階段だと忘れていた。
1歩踏み出そうとしてバランスを崩し、背中から真下へ吸い込まれるように落ちていく。

「あぶな!」

晴矢は咄嗟に右手で利玖の腕をつかみ、片方で手摺にしがみついた。
全力で利玖の転倒を防ぐためだ。

この反動で利玖の左足のつま先が階段に触れ、体の角度が変わる。
今度は階段に倒れこむようにうつぶせになるがなんとか左手1本で体を支え、
転げ落ちるのを食い止めた。

「あっ…ぶなー…」

晴矢のつぶやきは安堵している。
だが、周りで見ていた大人達は2人がふざけていたと思い苦々しい顔つきだ。
高校生が遊ぶならよそでやれ・そんなボヤキさえ聞こえてきた。


「晴矢といると目立つなあ」
苦笑しながら利玖が体を起こした。

「姿だけでも派手なのに、こんな助け方されたら誰でも見るもんな」
利玖は両手を払い、制服についた汚れもパンパンと払い除ける。
そして晴矢の隣に立つと、目線をようやく合わせた。

「ありがとう」

素直な感謝が晴矢の心に染みていく。

「あ、どういたしまして」

妙に照れる晴矢の腕を利玖が指した。
「血? 晴矢、怪我してる…」
「こんなの消毒すれば大丈夫だよ」

言いながら自分の腕を見ると晴矢は血の気が引いた。



地下鉄はなにかと汚れている。
ゴミバコがあるのにそこへ捨てないのがポリシーなのか、モラルのない人が増えている。

晴矢はしがみついていた手摺にドリンク剤の瓶が差し込まれているとは知らなかった。
圧力で割れたらしい破片は晴矢の腕を浅くだが切ってしまっていた。


「とりあえず止血…あ、止まっているか」
利玖は落ち着きはらいながら傷口を見て「ガラスが刺さっているといけない」といい、
カバンからボルヴィックを取り出すとそれで傷口を洗い流した。

「大丈夫そうだね、じゃ、消毒」

利玖はその唇を傷口に押し付けた。
「えっ、ちょっと?」
晴矢は慌てるが傷口を舐める利玖の舌にぞくりと快感を覚えてしまった。

『あつ…』

晴矢は額に汗がにじむがぬぐえない。
動きたくなかったのだ。

利玖にこのまま自分の腕を舐めていて欲しい、そんな欲望さえ湧いてしまっていた。


地下鉄出入り口を利用する乗降客は他人が何をしていようと構わない様子だ。
その靴音が響きあう中、呼応するように晴矢の胸は高鳴っていく。


『指を少し動かすだけで利玖に触れられるのに』

本能は叫び続けていたのだ。

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「子供の戯れかと見逃していたが、とんでもなかったな。火遊びもいいところだ」
「遊び…?」

涼川の言葉は晴矢の癪に障った。

「遊びじゃありません。俺は」

しかし叫びは続かない。
涼川の視線が冷たく、胸をえぐるような鋭さを感じたのだ。

それは自分を見下している視線だった。
学年主任である涼川に似つかわしい、模範的ではない生徒を切り捨てる非人道的な冷酷さがあった。

晴矢は唾を飲み込んだ。
ここで退きたくはない、しかし勝てる見込みのない相手と戦うなど、
かつての自分のいき方には有り得なかった。

『ちゃらい』
利玖にもそう言われた、その場しのぎのセックスという快楽や、
流されるまま生きてきた自分の歩き方が今になって悔やまれる。

「あの子は俗に言う優等生だ。我々教師の評価ではなにひとつ落ち度は無い」

そうだろう、と晴矢は思わず視線をそらす。
これ以上聞いていられる自信がない。

「有明とじゃ、つりあわない。それくらい自分で判断できる年だろう?」



利玖に出会う前の晴矢なら背を向けて逃げただろう。

しかし、利玖が自分の腕の中に入ってきたことは事実だ。
その揺ぎ無い記憶は晴矢の背筋を正す。

すると窓から差し込む日差しの眩しさに気付いた。
自分が冷静になりつつあるとわかると、晴矢は涼川の矛盾を発見した。


『果たして、学習能力の高い人間同士で成立する恋愛しか許されない掟でもあるのか?』



「あの子の家族とも長い付き合いでね。私立だが、あの子が希望する大学へ推薦で入れるよう手配した。
 母親はあの子の将来に期待している、ならば願をかなえるのは自然だ」

「あの子って、誰ですか」

「わかっていて聞いているのではないのか?千里だよ」

「利玖って、名前がありますよ」


晴矢は毅然とした言い方をした。
相手が誰であろうと、利玖を好きな事を恥じない姿勢を見せ付けたのだ。


「ここが職員室だからって、名前を伏せるような人に邪魔されたくない」

「…物の言い方さえ知らないのか。これだから」

「これだからなんだというんですか。先生と利玖の間でなにがあるのか知らない、だけど負けない」

晴矢は叫ばなかった。
無意識に拳をにぎり、それを腰のあたりに忍ばせつつも声をおさえて話し続けた。


「諦める気はない」


頭の中に利玖の声が響いていた。
『諦めるのが早い』とたしなめたあの声が今や晴矢の背中を押していた。


「…子供相手で満足する子じゃないよ」

大人の余裕を見せたいのか、涼川は鼻で笑う。
しかし晴矢は揺るがなかった。


「俺は本気で利玖が好きです」

「だから子供だって言うんだよ。むきになっている、その顔を鏡で見たらどうなんだ」

「俺の顔が面白いんですか」

「実に険しい。大人びるとはこれを指すのだな」

涼川はクッキーの箱を無造作に取り上げると、隣の机の上に放り出した。
波に揺られるようにクッキーは箱の中で跳ねると数枚が音を立てて床に落ちた。

「割れたかな」

八つ当たりとは大人気ないと晴矢は感じた。

「あの子もクッキーが嫌いでね。出会った頃はそんなことを知らないから勧めていたのだが、
 ずっと無理をして食べていたらしい」

「はあ」

「私に気に入られようと努力していたのかと思ったよ」


そして涼川は落ちたクッキーを拾い上げると「独り相撲とはよく言ったものだ」とつぶやいた。
崩れていたクッキーは涼川が力をこめるまでもなく、指先で粉と化した。

「気持ちなんてもろいものさ。そんなものにすがるなんて、どうかしている」
「すがっておかしいですか?大事なことでしょう。先生に俺の気持ちまで否定されたくないです」

涼川は「若いな」とぼやいた。
そして顎でドアを指し示し、晴矢に出て行くよう無言で伝えた。








晴矢は煮え切らない思いを抱えながら廊下を歩き進めた。

もはや校内にいる生徒は自分だけではないのかと思うほど、誰ともすれ違わない。

静かな廊下にいると気が滅入る、
自然といつもよりも歩くペースが速まり、下駄箱に着くとさすがの晴矢も息が上がっていた。


上靴さえない下駄箱の列は見慣れないせいか廃墟のようだ。

取り残された自分の靴をつかむと、ため息まじりに履き替えて校舎を後にした。



いよいよセミの鳴き声がうるさく耳に響き、日差しも照りつけてくる。
夏が始まっているのだ。

しかしこの浮かない気分はどうしたことだろうか、晴矢は空虚さを感じてしまう。

こんな夏の始まりは初めてだった。



校門を出るあたりで晴矢は背中に視線を感じた。
てっきり涼川が職員室の窓からあの射抜くような目で見ているのかと疑ったが、
振り返るとそうでもなさそうだ。

青々と伸びた葉を茂らせる樹木が視界を邪魔しており、
見上げていた晴矢は誰かの視線をつかむことができなかったのだ。


黙ったまま2.3秒過ぎただろう。

踵を返して歩き出し、ふと来週が登校日だったと思い出す。
その日こそ利玖をつかまえなくては自分の夏は始まらない、
決意もあらたにするとカバンの中で携帯が鳴り出した。


「誰だ?」

あわてて取り出そうとするが、なぜかいつもの場所に携帯が入っていない。

「は?なんで?」

カバンをごそごそと探り、ようやく携帯を見つけたと同時に呼び出し音が止んでしまう。

「誰だったんだよ」


面倒くさそうに見た画面に表示された番号に思い当たる人物はない。
しかし指になにかが当たる。

携帯の背に貼り付けられたメモには『諦めるのが早すぎる』と見慣れない文字があった。

晴矢はまさかの思いでコンビニへ駆け込んだ。

ここに居るのかと早合点したのだ。

しかし店内には利玖の姿はない、この番号が正しいのかさえわからないが晴矢はリダイヤルする。

呼び出し音が2コールで切れた。


「有明晴矢」

声と同時に尻をカバンで叩かれた。

振り返るのがためらわれるほど、晴矢の胸が高鳴った。


「いい加減、追いかけるのは疲れるからさ。一緒に歩ける?」

言うが早いか、先に店を出ようとする利玖を晴矢は追いかけた。





10話へ続きます

「へえ、なんだか意外だな。晴矢が誘ってくれるんだ?」
「え。そう?」

期末試験の最終日、晴矢は先に教室を出ようとした利玖の隣へ歩み寄り、
週末は遊ばないかと誘ったのだ。

「仲良くなっても一緒に遊びには行かない感じがしたんだけど。ま、そういうことも知ると面白いね」

2人は教室のドアの手前で、
クラスメートの邪魔にならないよう廊下に面した窓の側で話し込んだのだが、
校則違反を繰り返す晴矢とクラスの副委員である利玖の組み合わせは人目を引いた。

晴矢はその視線が気になった。
どう見てもつりあわないと思われていると勘繰っているのだ。

『早く帰れよ、じろじろ見るな』

利玖の指摘どおり晴矢は誰かと週末に遊んだことはない。
もちろん、一般にデートと言われるようなこともしたことがない。
今まで性欲処理なセックスだけ味わい、普通の恋愛を通過してきてしまっていたのだ。

デート未経験の晴矢からしたら、誰かを誘うのは勇気が要る。
しかも相手が利玖だ。
利玖の周りを警戒し始めていたので、余計に自分を奮い立たせての行動だったのだ。

教室で利玖を呼び止めたら人に気付かれる、
しかしそれを避けていては誘えない。

こうして意を決して利玖を誘ったのに晴矢は気が抜けていきそうだ。


「なに見てる?」
視線がさまよう晴矢に、利玖は気付いている。
「僕を人前で誘ったんだから、見られても仕方ないだろ?もっとどーんと構えてろって」

こういうとき、同じ身長だと目が反らせない。
利玖は晴矢の動揺を見透かしたようで、小首を傾げた。

「教育の必要があるね」
「利玖に教わるのか」
晴矢はふと冷静になった。

このままではまたしても利玖のペースになる、
なんとしても自分の思うように巻き込まないと負けてしまうと勘付いた。

「俺は、もう気にしない」
「…その顔」
利玖は嬉しそうに笑うと「真面目な顔もいいものだね、晴矢。それに僕の名前を呼んでるからいい」

晴矢は認められた気がした、
これで週末は一緒に過ごせると早合点した。

「…晴矢。さっきの件だけどごめん、先約があるんだ」
利玖はあっけなく晴矢の誘いを断ってしまった。

「どこか・いくの?」
晴矢は落胆し、カタコトで尋ねてしまう。

「家族で旅行」
利玖は淡々と答え、「じゃ」と片手を振ると晴矢を残して教室を出て行った。

納得のいかない晴矢は窓を少し開け、利玖の行き先を目で追ってしまう。
廊下を進み、階段がある角を曲がり利玖は消えた。

その間、利玖は1度も振り返らなかった。






週末を迎えた晴矢は、1人自宅で晴天の空を恨めしげにベランダから見上げた。

いつもならどう過ごしていたのだろう、
それさえ思い出せないくらいに晴矢はショックを受けたままだ。

誘ってもつれない相手、
そんな利玖が気になって仕方がないのだ。


晴矢はもしかしたら会えるかもしれないと思い、利玖の住むマンションへ向かった。
旅行へいくとは聞いているが、出かける前に少し話ができないかと、
焦がれるような思いを抱えながらの行動だ。

利玖の母親が経営する喫茶店は臨時休業の看板が出ていた。

晴矢はこれを見て安心する自分に驚く。
自分は利玖に会いに来たのではなく確かめにきたのかと、自分を罵った。

人を疑うなど愚かな行為に違いない、
しかし晴矢の脳裏には今も携帯の着信音が響くのだ。


晴矢は利玖のマンションへは行けなかった。
そこまでして出向き、なにを確かめたいのかと、自分が情けなかった。





終業式を迎えた朝、晴矢は利玖をどうしてもつかまえようと焦っていた。

夏休み中に連絡を取る手段がない。
次はいつ会えるのかわからないからだ。

しかしいつもと雰囲気が違うとわかるのか、
それとも単に副委員の雑務があるのか、
利玖は晴矢になかなか声をかけさせる隙さえ与えなかった。


いよいよ下校の時間になる。

晴矢は落ち着かないが、しかし利玖が教室にいない。

担任の手伝いで職員室にファイルを運びに出てから、戻る気配がないのだ。

晴矢がカバンを持ち、職員室へ行くと学年主任の涼川・1人しかおらず、
無言でパソコンのキーを叩いている。

「…何か用か?有明」

「いえ、別に」
晴矢が首を振ると「甘いものは好きか?」と妙なことを聞く。

「週末、ちょっと旅行をしたのだが土産が余っていてね」
差し出されたのはチョコレートクッキーだ。
「明日から夏休みだから置いておくわけにはいかない。処分してくれないか」

それはどこにでもありそうなお菓子だが、晴矢はまさかの思いで涼川を見上げた。

「週末…どちらへ」

「行き先、聞いているのか?」

涼川はクッキーの並んだ箱を机に置くと、腕組みをし、晴矢をまじまじと見た。

「渡す気はないよ、有明」


その声は低く、晴矢の耳に響いた。
外で鳴き続けるセミよりも不愉快な音だった。



9話へ続きます

「何が好きなのか、どんな癖があるのかも知りたいんだ」

利玖にそう切り出され、晴矢はどんな顔をしていいのかわからなかった。
つかまえようとすれば拒絶してしまう相手が自分に目を向けてくれたことに喜び、
まだ足元がおぼつかないような状態だからだ。

自分の予想以上に収穫があると、人は戸惑うものだろうか。

感激しているのだが、子供のように両手を挙げるわけにもいかず、
晴矢はただ背筋を伸ばすだけだった。
利玖の発する言葉を1つとして聞き逃すまいと、懸命だった。

「好きなものを言えばいい?」

「いや、一緒にいるときに晴矢がどんな仕草をするのか見て覚えるから」

「覚えるって?」

「頭で記憶する。僕は忘れないようにするよ、常に一緒にいられるわけじゃないからさ」

晴矢は急に寂しさを覚えた。
たしかに四六時中は一緒にいられないだろう、
しかしそれを当たり前のように話す利玖が遠い存在にも思えてしまう。

今までは自分が呼ばなくても、相手は来た。
しかも同じ場所・指定した時間に待っていた。

だが利玖が相手では勝手が違うのだ、
自分から行かなければ会えないだろうし、
しかも拒絶される恐れもある。

晴矢はセックスが目的ではない・ただ会って話をするだけの時間が欲しいと感じた。
まさに、恋焦がれていた。
セックスで肌を重ねたが、利玖がどんな性格なのかつかみきれていない。
だが惚れてしまったのだから始末が悪い。

晴矢は自分のことを知ってほしい欲望もあるのだが、
利玖を知りたいのだ。
何を考えているのか・そして自分のことを本当に好きなのかさえわからず、
ただ不安を抱えてしまっていた。

「晴矢。なに考えてる?」

押し黙った晴矢に利玖が気付き、顔を覗き込んだ。

「黙っていても、なにか興味をそそられるなあ。そんな男がいたんだね」

その表情からは晴矢に気を配るやさしさを感じ取れない。
新しい玩具を与えられた子供のような、眩しい笑顔だ。

「ちゃらい外見だけど、恋には臆病なのかな」

利玖はずばりと晴矢の心中を言当ててしまった。

軽そうな素行で本心を隠してきた晴矢の武装は1度のセックスで解かれてしまい、
しかも好意を見抜かれ、
足元がすくわれそうな危機だ。

身包みはがされた晴矢の不安は一層募る。
自分を軽んじられていると思い込むと、指先が震えてきた。

晴矢は、いよいよ利玖の気持ちがわからなくなってしまった。








衣替えをし、夏服姿で登下校をするようになると、いよいよ季節は夏だ。

気温の上昇につられてコンビニでコーヒーを買う回数が自然と増え、
おのずとそこで利玖に会う回数も増える。

特別になにかを話すわけではない、
ただ挨拶を交わすだけの朝もあれば、ふざけてカバンで軽く叩く夕方もあった。

しかし、晴矢はもっと親密な関係になりたいと願う。

かつての自分がセックスをまるで義務ととらえていた男娼のような日々を思うと矛盾するのだが、
利玖とのセックスは互いの想いを確認しあえる機会だったのにと悔やむのだ。

欲望に流されて貪るように求め合ってしまったのが尾をひき、
晴矢自身は積極性を失っていた。

これを打開するにはどうしたらよいのかと考えあぐねていたそのとき、
晴矢の視界に意外な人物がよぎった。

いつものようにコンビニの冷蔵扉を開け、
缶コーヒーを取り出そうとした晴矢の隣でエビアンの小さなペットボトルを取ったその左手。
左利きで銀色の指輪が光るその人物は、晴矢が通う高校の学年主任だ。


「…有明晴矢か。噂どおり、ちゃらそうな身なりだな」


声を聞くのは学年集会以来だ、
しかもそのときはマイクをとおして話していたので地声は初めてと言ってもいい。
その明るく嫌味のない響きに、晴矢は意外な発見をした気さえする。


「いろいろ問題がある生徒と判断しているが、根がまじめという報告を受けたばかりだ。
 矯正できそうだな」

年は30代前半だろう。
青臭さが抜け、若くして出世したのは身なりの清潔さがものを言う。


「先生に矯正されなくても。俺は校則違反を繰り返してもこうして学校にいるわけで、半年後には卒業だし」

「まあ、そうだな。もともと、校内で淫らな行為をするなとは校則に書いていない」
晴矢が見据えると、その教師・涼川はエビアンを手持ち無沙汰にぶらさげながら「いい顔だ」とつぶやく。


「若いからガツガツしているんだろう、だが時と場所・それから…相手を見定めろ」
「は?」

「私から、今はそれ以上言う事はない」

涼川はレジへ向かい、歩いていく。
その姿勢のよさや上質のスーツを着こなしている後ろ姿を晴矢はまじまじと眺めた。

余裕が感じられるが隙もなく、妙に気にかかるのだ。

晴矢は首をかしげつつ、レジへ向かって歩き出した。

お菓子の棚を抜けていく途中、雑誌コーナーのあたりを同じ背丈の人間が歩いていくのが見え、
利玖か?と慌てるが視線の先は丁度涼川の姿で隠れてしまう。

苛立ちながらレジに着くと、涼川がレジをすませて出て行くところだった。
なにげなくその姿を目で追うと、彼はエビアンを右手に持ち替え、
ドアから出ながら携帯を取り出した。

なぜかその行為を晴矢は凝視した。
おかしな胸騒ぎさえした。



晴矢の背後で携帯が鳴り出した。

その着信音は聞いたことがあった、晴矢は一瞬目を強く瞑り、
しかし意を決して冷えた缶コーヒーをにぎりながら振り返ろうとしたが、
レジの順番が来てしまった。


着信音はやがて消えたが晴矢の耳にそのリズムが残った。
脳裏には利玖の室内が残像のように広がっていた。


奇妙な符号だった。
生活感のない室内、そして焦らされたが手馴れた様子のセックス。

『間が悪い』
けだるそうにつぶやいた利玖の表情さえ思い出せる。


しかし、まさかという思いで晴矢の心は引き裂かれそうだった。

数日前、自分が利玖に発した言葉は急に現実味を帯びる。
晴矢は口をおさえ、気のせいなのか、先ほどから背中に感じる誰かの視線に耐えた。


『やっぱ、教師とできてたり…』



8話へ続きます
そのドアが開くまで、晴矢の頭の中はセックスでいっぱいだった。
『ようやくやれる』と、まるでさかりのついた獣のように切迫していた。

しかし、利玖が静かに開けたその先には生活感のない空間が広がっていたのだ。

開け放たれたままの各部屋のドアから、垣間見える部屋の中も整然としている。

思わず眺めたキッチンも鍋1つ置かれずに輝いていた。
まるで手付かずだ。

「…モデルルームを見に来たみたい」

「へえ?つまらない家でしょ。晴矢の部屋はどんな感じ?」

「まず、雑誌を平積みしてるし。服も…クローゼットに入れずにハンガーにかけて」
話しながら靴を脱ぎ、手招きされるまま家にあがる。

「だらしないから、よく母親に怒られる。うるさいからほおっておくんだけど」
「でもシャツは毎日アイロンをしっかりかけているよね?」
「え?」

利玖は晴矢の正面に立った。
目線を合わせるのはたやすいと言わんばかりに口角を上げると、
晴矢の下腹部に手を触れた。
そしてゆっくりと胸へと手で擦りあげる。

「襟も立ってる。皺も見つけられない。いつもちゃんとしているんだなと気付いてた」
指は晴矢の体の線を確認しているようだ、
手のひらで胸を押すとたまらず晴矢が呻く。

「ちゃらちゃらしている奴は不潔な印象があったんだけどね」
「…不潔って言いたいの?」

「晴矢は清潔感がある。だから、気に入ったんだ」
利玖は晴矢の上着のボタンを外して脱がせると、シャツをまくりあげた。
「こんなに、興味を惹かれるとは…思わなかったけど」

そして晴矢のへそにキスをし、舌先で舐め始めた。
ただでさえ敏感な部分だ、しかも利玖が腰をつかんだまま吐息をかけるので、
晴矢は身が持たずに膝をがくんと折ってしまう。

「ちょ、ちょっと…たまんないんだけど!」
「そうみたいだね、これが僕の喉に当たってるし」
そう言いながら利玖がボトムの上から晴矢の勃起した男根を撫でるので、
ますます窮屈になる。

「固い。…ねえ、まだ大きくなりそう?」
「酷なことを聞くなあ、同じ男だろ?…き・きついって!」

「そう?」
利玖は「ふふ」と微笑み、わざと先端を指で突く。
「あ・あのなあ!」
頭に血がのぼった晴矢はジッパーを下ろし、ぐいと自らの男根を抜き出した。
それは頭を突き上げ、怒張している。

「こっちは待ったなしなんだよ、わかっていないかもしれないけど」
勢いで利玖を床に押し倒し、馬乗りになると荒々しくネクタイを緩めた。
「もう…逃がさない。俺がつかまえた」

慣れた手つきで利玖の頬を撫で、覆いかぶさろうとすると利玖が両手で胸を抱いて隠す。

「なんのまね?」
苛立ちを隠さず晴矢が聞くと、
「…自分で脱ぐ、脱ぎ終わるまで、キスしててよ」

「なに言って…」
「脱がされるの、嫌いなんだ」
「…脱がすのは好きなんだ?」
「そうだね、裸を見たいから。…僕は安くない、覚悟しなよ?晴矢」

この期に及んであと1歩が許されない、
晴矢は「もう!」と叫ぶと両手を床につけ、無理な体勢を強いられながら利玖の唇を吸い、
舌を絡めていく。

『どこまで焦らせば気が済むんだ、こいつは!』

晴矢の男根が利玖の制服にこすれて余計に気持ちは高ぶる。
そんな中で荒い息を吐きながらもなお、利玖は自分で脱ごうとしている。

視界に入るのは徐々にあらわになる肌だ、
乳首はシャツに隠れて見えないが、驚いたことに利玖はベルトにも手をかけてボトムをずらした。


「も、いいよ。お尻浮かすから、膝まで落として」

操られたように晴矢がボトムを下ろすと、利玖は慣れた様子で足をばたつかせ、それを脱ぎ去った。

「あ、パンツも…脱げばよかった。濡れてて気持ちわる…」
利玖は首を振りながら下着に手をかけるが、そこに晴矢は指を重ねた。
「俺も、脱がすほうが好きなんだ」

「や…」
小声で抗う利玖にかまわず一気に下ろすと濡れた股間があらわになる。
ようやく許されたという達成感がみなぎり、晴矢は手を伸ばすと小穴に差し入れて抜き差しを始めた。

「くっ、ううん!…やあっ!ん、もっと…」
「ゆっくりなんて、できない」

「ちが…。激しくして…いいよ?」
脇をしめて口元に指をあててはいるものの、しかし潤んだ瞳が欲情していた。

「ねえ、もっと…触って」

股がじわりと開き、そのとき汗で濡れた腿が晴矢に触れた。
溶け合うような感触に晴矢の体は痺れてしまう。

『この体が欲しい』

我慢のきかない男根を携えている晴矢は駆り立てられたまま指を荒々しく動かし、
利玖のかすかな悲鳴を聞いた。

そして間髪おかずに自らの男根を挿入し、
腰の動きだけで突き上げて利玖の反応を見た。

圧されている利玖は体を反らし、腕を頭上にあげて指の先で床に触れている。
ぴんと張り詰めた皮膚が艶かしく、伸ばした腕のラインが淫靡だと晴矢は思う。
そして時折伏せる瞳が背徳を知らせ、半ば開いたままの唇から見える歯列の白さが際立った。

「クゥウウン、ううん!は・晴矢っ…あ、ん…して、もっとして…」

紅潮した頬に汗を流しながら、
利玖は貪欲に晴矢を求め続ける。
まるで限界がどこなのか知りたいかのようだった。

「だめ、まだ・イッちゃだめ…、ん、まだして?ん、んっ・あ、んー!」


晴矢はずっと肌の触れ合う音を聞き続けた、
そしてねだる利玖に溺れ、このまま氷のように互いの体を滴り、溶けてしまいたいとさえ願った。







晴矢は耳に響く聞きなれない携帯の呼び出し音で目を開けると、
重い体を揺り動かしてゆっくりと起き上がった。

床の上で寝たせいか頭が痛く、やたらと首が凝っている。

ふと隣を見ると制服の上着を体にかけた利玖がかすかな寝息をたてていた。

しかし、携帯が鳴り止まない。

「どこで鳴っているだー?」
首を押さえながら周りを見渡すと、どうやら玄関に置いたままのカバンからのようだ。

だが明らかに自分の携帯が呼び出しているのではない、利玖だ。

探り出すのをためらっていると「…間が悪い」としゃがれた声がする。

「…ほおっておいて、それ。ちょっとうるさいけど」
利玖は「ふわー」とあくびをし、晴矢と同じく首を痛めたようで「んー」と首を押さえた。
だが、何を思ったか晴矢の顔を見上げて口を開き2秒ほど動かなかった。

「やっぱり僕は間違っていなかったな」

その不敵な微笑がなにを指しているのか、晴矢は見当がつかなかった。
ただ、鳴り止まない携帯の呼び出し音が気掛かりではあった。



7話へ続きます



歩調を合わせている利玖に気付くと、晴矢は動揺した。

誘ったのはたしかに自分だが、この先どこへ行くかも決めていなかったのだ。
ただ、利玖と話をしたい。
できれば距離を縮めてみたい、それしか頭にはなかった。

深くものごとを考えずに行動するのはちゃらい生き様そのものであり、
晴矢は自らの欠点にいまさら右往左往してしまう。

歩きながら脳内で慌しく『あの店へ行くか?』『コンビニでいいか』と自問自答だ。

しかしそんな気苦労は必要なかった。
利玖が「家に来ない?」と先に言い出したのだ。


「急に黙るからさ。これは行き先を考えていないなと予想した」

「家、いいの?」

「マンキツにつれられていくよりまし。僕は猥雑な雰囲気、苦手なんだ」
「わいざつ?」
「…金のない奴が個室をホテル代わりにしているんだ。これも学校では問題らしいけど」


マンキツの個室をホテルに代用できるとは、晴矢は初耳だ。
驚くと同時に感心したが、しかし学校の情報に精通している利玖に引っ掛かりを覚えた。

利玖は晴矢を見つけた時も同じようなことをつぶやいていたのだ。

冗談で『教師とできてる』と茶化したが、
利玖に対する興味が湧いた今ではそれを疑い始めてしまう。


「あのさあ、せ…」
「ん?」

晴矢は利玖の名を呼ぼうとして口ごもる。
副委員・とは呼んでいるが、名前を呼ぶのは初めてなのだ。
意識すればするほど声にならない。
無駄に力が入り、感情だけが空回りだ。

名前を呼ぶのを諦めた晴矢は「ん」と一呼吸置いた。

「あのさ。教師と仲がいいの?」
「直球だな」

利玖は「その答えは僕の名前を呼んだら教えるよ」と見透かしたように微笑んだ。





利玖が晴矢を連れて行った先は一軒の喫茶店だ。
カフェが数件立ち並ぶ県道沿いで、この店構えは奥まっているが一目を惹く。

小さなボードに白いチョークで書かれた本日のランチメニューの案内の字が丸く、
大人のそれだとわかる。
地味だが堅実な経営をしていると思わせる外観だ。

「ここで待って」

喫茶店に来たのに中へ入れないとはどういうことだろうか、
晴矢が訝っていると室内の声が漏れ聞こえてくる。

「先に帰ってるから」
「あら、今日は手伝ってくれないのー?」

「友達が来てる」
「えっ?珍しい。いつもの人じゃなくて?」

その呼びかけに返事をしなかったらしい利玖が出てきた。
なにか不満なのか無表情なその顔つきに、晴矢は声をかけるのをためらっていると、
急に頬に冷たいものが触れた。

「わ!」
反射的に体をかわして悪戯をしかけた腕を取った。

「氷をつかんできた。冷たい?」
見ると利玖の握った手の中から水が滴り落ちている。

その水滴は手首を伝い、晴矢の指ばかりか、じきに利玖の袖を濡らした。

じんわりと広がる染みにさえ、晴矢は見蕩れた。
まだ自分が触れられないその肌を氷が濡らしていく様は淫靡だった。

「…そろそろ離してくれる?」
「あ、わ、ごめん」

「有明晴矢はちゃらいと思ったけど、意外に奥手?そういうところも新鮮でいい」
利玖は「ふふ」と笑うと晴矢の上着の裾を引っ張った。

「親の前ではなにもできない」
「親?」

「ここ、母親が経営している店」
「あ、そうなんだ…」
「家はこの裏に建つマンション。じゃ、行こう」

晴矢が言われるままについていくと、
喫茶店の裏にまわったと同時に利玖が晴矢の腰をつかんで引き寄せた。

「あの店、8時まで営業してるんだ。それまで家には誰もいないから」

2人はマンションの目隠しである壁面にいた、
そのせいか人目を気にしない利玖は晴矢の腿を制服の上から撫で、付け根まで指を這わせる。

「やめ…!ヤバイって」
「もっとこっちへおいでよ。部屋までもたないんだ、ねえ有明晴矢」

首筋にふっと息をかけられて晴矢が身をすくめる。

「僕の名前を呼んで。きっと、好きになるから」

その言葉を受けてまるで誘導されるかのように晴矢は自然と口を開き、
先ほどまで戸惑った名を呼んだ。

「せん…」

「…苗字なんだ?」

苦笑する利玖だが素直な晴矢の態度が気に入ったのか視線を合わせる。
そして晴矢のボトムのポケットに手を差し入れて敏感な部分をまさぐりながら、
「部屋に入ったら、下・だよ?それしか…呼ばせない・。ね、晴矢?」とささやく。

晴矢はこの相手に勝てない、
そう感じた。
しかし少しも悪い気がしないのだ・むしろこの先へ進みたいと欲情した。



6話へ続きます

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