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2009.03.30 劇的変化・6
『なあに?今日はやけにゆっくりしているのね。時間外料金をもらうわよ』
 画面にはクラスメートの女子がベッドに横たわり、覆いかぶさる男にブラジャーを押し上げられているところだった。
『あははは、くすぐったい』
 黒い髪を揺らして笑いながらベッドの上であおむけになり、膝をたてる。
その足首には脱がされた下着が丸くなっていた。

 俺もこんな感じで撮影されたのか。
しかし同意ではないし、この女子のように喜んではいない。
――俺は担任に襲われかけてから教室にカバンを残したまま帰宅していた。
あんなことをされた後、教室に戻ることはできなかった。
 
 クラスメートがセックスをしている動画を見ていると、嫌な気持になる。
早々に画面を消して、溜息をついた。
 すると携帯が鳴り出した。
また鈴木からかと思ったら、直だった。
『家にいるのか?懸命な判断だな』
「ああ、何か用?」
『カバンを届けてやるよ』
「悪いね」
『ミヒロに用事もあるから気にすんな』
 俺に用事?
何の事か見当がつかないが、直の厚意に甘えることにした。

 1時間後に直が家に来た。
「学校は?」
「俺も逃げてきた」
「えっ?」
 差し出されたカバンをもらいながら、俺は直を見つめた。
「何かあったのか?」
「担任がしつこくおまえを探しているんだ。あんなの見たくもないよ」
 そして直はずかずかと家に上がりこみ「パソコンを借りるよ」と言う。
「いいけど、何か見るのか」
「おまえの動画」
 直は意外なことを言った。
「…見たくない」
「見ておいたほうがいいぞ。ミヒロは危ない世界に入り込んだんだから、その自覚をしろ」

 直がゲイサイトを開くと俺の画面が1番に出てきた。
「面がいいし体の具合もよさそうって、な。変なコメントが沢山きているんだ」
「気持が悪い」
「わかったら、すぐに手を引けよ」
「どうしてそこまで心配してくれるんだ?」
「悪友だから」
 そういうと直は笑った。
「世の中は金で動くけど、そのために自分を売るのはどうかと思うぜ。俺は昔からおまえを知っている。無茶はさせたくないんだ」
 直の気持は有難いのだが、俺はまだ迷っていた。
「悩んでいるのか」
 不意に直が顔を近づけた。
「近いな!」
「バイトをするなら他にいろいろあるだろう。ミヒロが知らない誰かの玩具にされるなんて、腹立たしい」
「はあ?」
 直が俺のモデルのバイトを辞めさせようとしているのはわかる。
だが、どうして腹立たしいのかわからない。

「直が苦労しているのはわかる。だけどゲイサイトのアイドルにされているのを黙ってみていられない」
 
 急に直の息が俺にかかった。
そして、唇が重なった。

 俺は何故か抵抗ができなかった。
まだ子供の頃に、ふざけて頬にキスをしたことがあるせいなのか驚きもしなかった。

「好きなんだ。だからミヒロがいいようにされるのが嫌なんだ」
「は?」

「抱きたい」
 直の低い声に俺は体が硬直した。


7話に続きます
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2009.03.29 劇的変化・5
 援助交際をしたあの女子が教師に呼び出され厳重注意を受けたと教室で聞き、
直だけでなく、俺がゲイサイトのモデルだと知っている人がいるのだろうかと震えた。
 もしもそんなことで呼び出されたら恥だ。
母にだって知られたくないことをしている事実が、俺に羞恥心を覚えさせた。
 それに時給2000円とはいえ、内容が厳しすぎる。
通り魔に強姦。
これは売春そのものだし、俺の知らない誰かが俺のとんでもない姿を見て興奮すると考えただけで虫唾が走る。
 直の言うようにこのバイトから足を洗うべきだろうか。
悩んでいると携帯が鳴り、鈴木からの着信と気付いて廊下に出た。

「丁度よかったです。もうバイトを辞めようと思います」
『時給が安いからか?』
 鈴木は驚きもせずに、淡々とした口調で聞いてくる。
場慣れしている、そう感じた。
『5000円でどうだ』
 急に時給が上がって、俺は声を詰まらせた。
完全に俺は足元を見られている。
『ミヒロは人気があるから撮りたいんだ。今日の夕方、うちの事務所まで来い』
「また、撮るんですか」
『5000円なら文句は無いだろう?それに手当ても出してやるよ、セックスのね』
「はあ」
 曖昧な返事をすると鈴木はアクセスが増えたことで儲けがあったと言う。
それで俺に少し還元すると言い出したのだ。
『制服で来いよ』
 鈴木は勝手に電話を切った。
俺は断りきれずに、放課後にまた事務所へ向かうことになるだろう。


「ミヒロー。遊びに行かねえ?」
 教室に戻ると直が誘ってきた。
「何処に?マンキツか?」
「マンキツでもいいけど、ゲーセンに行きたいんだ。クレーンで欲しいものがある」
「へえ」
「乗り気のない返事だなー。ちょっと来いよ」
 強引に窓際に連れられて、直は急に声のトーンを落とした。

「おまえ、ばれているよ」
「はっ?」
「うちの担任、ミヒロのことを知ったぞ」
「どうして」
 直に聞きながら俺は思い当たることがあって、ぞくりとした。
担任は35歳にもなって独身で、元々生徒の間でゲイの噂のある奴だからだ。
「さっき、教室に来る前にすれ違っただろう?あのときの奴の眼は尋常じゃなかった」
「は」
「値踏みするような目つきで、ミヒロを見たぞ」
「そんなの…気のせいじゃないのか」
「俺はミヒロの知るとおりに真面目じゃないけど、嘘をつかないぞ」
 直が俺の腕を引いた。
「なんだよ」
 
 文句を言おうと顔を上げると、なんと担任が俺の目の前に立っていた。
「西田。話があるから職員室まで来い。皆は自習していろ」
 その言い方で俺は直が事実を話したと悟った。
俺はあの女子のように厳重注意で済むのだろうか。
「突っ立っていないで、ついて来い」
 担任は先に歩き出した。
俺は行くしかないかと歩き始めると、直が腕を離さない。
「おい、直」
「何かあったら携帯にかけろ。すぐに助けにいくから」
 俺の耳に囁くと「な、ミヒロ」と言って腕を離して背中を押した。


 職員室には誰もいなかった。
静かな室内で戸惑うと、担任が俺の襟首をつかんで持上げた。
「何をするんですかっ」
「いい体をしているじゃないか。昨日はおかげで退屈をせずにすんだぞ」
「ぐっ」
 やはりそうなのか。
「もうあのバイトは辞めますから、いいでしょう?離してください」
「辞めるのか?それは惜しいな。じゃあ私の相手になるか」
「はあ?」
「試してみたいんだよ、その具合を」
 俺はデスクの上に体を乗せられ、担任が馬乗りになった。
「前から可愛い顔をしていると狙ってはいたんだ、しかし先に誰かに穴を空けられるとはねえ」
 下種な言い方に虫唾が走る。
「止めてください!」
「ここはまだ柔らかいな。すぐに固くしてやろう」
 担任は俺の股間をボトムの上から撫でて、ファスナーを下ろした。
「ああ、若い香りがする」
「へ、変態!」
 俺は膝で担任を蹴ると、身を起こしてデスクから飛び下りた。
しかしすぐに担任につかまった。
「おとなしくしていろよ、なあ」
 顎をつかまれてキスをしようと唇を近づけるので、今度は腹を殴った。
「ぐふっ」
 担任が腹を押さえたその隙に俺は職員室から逃げ出した。



6話に続きます


2009.03.28 劇的変化・4
 帰宅すると直が言っていた無料の動画サイトにアクセスをしてみた。
 『本日のおススメ』と題された動画には、間違いなくクラスメートの顔があった。
クリックすると盗撮されているとは知らないのか、時折笑顔を見せるのが俺には辛かった。
まるで自分を見ているようだからだ。
 この子は援助交際だから、俺よりも大金をもらっているんだろう。
 だが、こうして勝手にサイト上に載せられてしまっては、後悔しているに違いない。
甘いえさの後には裏切りがあるんだ。
 俺はどうなのかと、ゲイ専用のサイトをクリックした。
『本日更新!』の知らせとともに、喘ぐ俺の姿があった。

「いやだ!」

 反射的にサイトを閉じた。
こんなものは見ていられない、それに誰にも知られたくない。
 昨日と今日で稼いだのは16000円。
これが安いか高いかの判断さえ、動揺している俺には判断ができなかった。



「ミヒロー。今日も遅刻を免れたか、頑張っているなあ」
 校門を過ぎたところで直につかまった。
「あれ、肌が荒れているなあ。夜更かしは美容の敵だぞ」
「女子じゃあるまいし」
 しかし直の指摘は当たっている。
 俺はこの二日間、まともに眠れていないのだ。
おかげでニキビができてしまい、悩みが増えた。
「ところでさ、話があるんだよ」
 直が俺の肩に手をまわしてきた。
「なんだよ?」
 こんなことをされたのは初めてなので、すぐに手を外させた。
「無料の動画サイトのことだけどさー」
「ああ、見たよ。クラスメートに間違いがなかったな」
「見たんだ?」
「お気の毒としか言えない感じ」
 俺が溜息をつくと、直が「ふーん?」と声を半音上げた。
「なんだよ、その声」
「俺、もっと凄いものを見つけたんだ」
 そして俺の制服の袖をぐいと引っ張った。

「アクセスが一晩で1000を越えた某サイトのアイドルさん?」
「はあ?」

 聞き返しながら俺は嫌な予感がした。
まさかと思いたいが、直は腕組をして俺から目を離さない。

「あれ、本当に強姦されたのかよ」
「…!」

「顔がひきつっているぞ、ミヒロ」
「何を見たんだよ」
「おまえだよ、西田ミヒロ。おまえが犯されている動画を見たんだよ!」

 万事休すだ。
俺は何を言えばいいのか、この窮地に立たされても上手い言い逃れができそうに無い。
思わず立ち止まってしまい、顔を伏せた。
「ミヒロ、なんであんなことをしたんだ?」
 直は俺の背中を押して、歩くように言う。
「エンコーなのかよ」
「違う。…モデルだよ」
「モデルぅ?あんなことをされるモデルなんているのか?」
 直が大声を上げたので「うるさい」と後頭部を叩いた。
「人に知られたくないことなんだから、少しは察してくれよ」
「あのさあ。そうはいってもネット上にあるんだから、見たのは俺だけじゃないぞ。なんたってアクセスが1000だからな」
 俺は気分が悪くなってきた。
 まさか悪友の直に知られるとは思わなかった。
「ミヒロの名前はでていなかったけど<男子高校生18歳>となっていたな。せいぜい外を歩くときは気をつけるんだな。その手の趣味の奴がいるってことなんだから」
 直に言われなくても覚悟をしていた。
 今の所は無事だが、1人歩きはまずいかもしれないと思うのは自意識過剰だろうか?

 直は突き放す言い方をしながらも「お母さんを助けるためにモデルを始めたのか?」と聞いてきた。
「そうなんだけどね」
 俺は言当てられて余計に具合が悪くなりそうだった。
「止めたほうがいいんじゃないのかー?ミヒロがいいようにされていくのが目に浮かぶよ」
「えっ」
 直は俺の肩を叩き「たまには友人のいうことを聞けって」と言って笑った。


5話に続きます




 
2009.03.28 劇的変化・3
「いい絵だって?こんなの強姦じゃないか!」
 体を押し戻そうと抵抗しても、鈴木はびくともしなかった。
「声を荒げるな。和姦の予定で撮影するんだから」
 耳元で囁かれて体が強張る。
 しかし鈴木が乳首を舐るたびに、感じてしまうのか体が熱くなる。
「こんなの嫌だ!」
「ふざけるな」
 ぱしりと頬を叩かれた。
「時給を払うんだから我慢しろ。予定は変更だ、強姦でいく」
「ああ、そのほうがいいな」
 同意したのはカメラを持つ中年の男だ。
「やんちゃそうな子を組み敷くのも、乙なもんだ」
 俺は頬の痛みを手で押さえながら鈴木を睨み上げる。
 しかし全く鈴木は動じない。
「言うことを聞け。最初に話したはずだぞ、うちは普通のモデルを探しているんじゃないってな」
 鈴木は俺のベルトに手をかけて、ボトムごと下着を下ろした。
 そして怯える俺の茎を掴むと、ぐいぐいと扱き始める。
「あ、ああっ!嫌だ、こんなの犯罪だ」
「じきによくなるさ」
 不敵な微笑を浮かべた鈴木が、強引に俺を起たせた。
 そして筋を擦りながら「早く出せ」と命令をする。
 俺は冷や汗を浮かべていた。
どんどん自分が汚れていくのがわかる。
ふと力を抜いたとき、先走りが鈴木の手を濡らした。
「若いな」

畜生!

「早く全部出しちまえ」
 鈴木の指は乱暴に動き、とうとう俺は爆ぜてしまった。
「ほら、これ」
 なんと鈴木が白く汚れた掌をカメラに向けた。
「いいねー。この動画も当たるんじゃないか?」
 中年の男がにやにやしていた。
 俺は悔しくて涙をにじませてしまったが、鈴木は容赦なかった。
「その負けを認めた表情も、ぐっとくるな」
 鈴木は俺の両足を掴むと折り曲げて達磨返しの体位にさせた。
 局部が丸見えで恥かしさに耐え切れず、体を揺らしたが何の効果も得られない。
鈴木はファスナーを下ろすと自分の茎をさらけ出し、俺の中へ強引に挿入をした…

「痛いっ!」

 中を傷付けられたような痛みが走り、俺はシーツを掴んだ。
 恐怖を覚えて指がわなわなと震える。
「止めろ!」
 叫んでも鈴木の茎は強引に突き進んでくる。
 そしてぐいぐいと押して、俺の体を揺らした。
「やだっ、やだ!」
 しかし肌が触れたのを感じた。
 互いのヘアーが触れあい、もはや抵抗をしても無駄だと悟った。

「動くぞ」
 鈴木の声が聞こえた。
 俺は目を瞑り、強引に揺らされ続けた。





「今日の稼ぎ分」
 半裸の鈴木から一万円をもらった。
「さんざん抵抗されたが、入れた後はおとなしいものだったな」
 鈴木は笑い、シャツを着ると中年の男に「ちゃんと撮れたな」と確認をした。
「ははっ、いい絵だったよ。早くサイトにUPしようぜ」
 沸き立つ男達とは逆に、俺は体が重く感じられた。
 全身に汗をかき、嫌な気分だ。
「ミヒロ。明日も撮影だからな。学校帰りに寄れよ」
「はい…」
 こんな真似をされても、俺はお金が必要だと思う。
 そんな自分の境遇に情けなさを覚えるが、俺の母は水商売だからもっと嫌な気持ちにさせられているかもしれない、そう思うと我慢ができた。

「そんなに金が要るのか。ま、こっちはミヒロで稼がせてもらうから素性は知ったことではないけどな」
 鈴木は意味ありげに微笑んだ。


4話に続きます
2009.03.28 劇的変化・2
 無料動画サイトには女子高生が襲われたり、自ら服を脱ぎフェラをするものが大半を占めていた。
 俺がモデルになった動画は見当たらない。
男が襲われる動画なんて、一般向けではないのだろう。
 だとすると、特殊なサイトがあるはずだ。
 <無料動画 ゲイ>で検索をしてみると三件もヒットした。
怖いものみたさでクリックすると、俺の動画がUPされていて背筋が凍る思いをした。
世の中にこれを見ているものがいる。
そう感じただけで指が震えた。
 しかも動画は俺の顔が消されておらず、何をされるのかと怯える俺の顔が映し出されていた。
 股間はモザイク処理がされていたが『見たい方はここをクリック!』と書かれていた。
全世界に俺の醜態が流れている、この現実に俺はモデルをやったことを初めて悔やんだ。
だが、お金は必要だ…。



「ミヒロー、今日は遅刻をしなかったんだな」
 眠れないまま夜を過ごして登校した俺に、悪友の青木直が声をかけてきた。
「人聞きの悪い。俺はそんなに遅刻ばかりしていないぞ」
 睨み付けると直が吹き出す。
「あははは。週に二回は遅刻じゃないか、立派な常習犯だ」
「勝手に言っていろよ」
 はねつけても直は動じない。
「へえ?」と言いながら俺の隣から離れない。
「なあ、面白いネタがあるんだ」
「その前振りはなんだよ?」
「俺たちのクラスの女子の中に、エンコーしている奴がいたんだよ」
「はあー?」
「…その裏返った声はなんだよ。驚きすぎだろう」
 直が話始めた内容は、他人ごとではなかった。
 クラスの女子が援助交際をしているのは関係ないことだが、どうやらセックスしているところを撮影されていたらしい。
それが動画サイトにUPされており、直はそれを見つけたそうだ。
 教室に入ると、直が耳打ちをした。
「窓際にいる、あいつ。髪の長いほう」
 それはおとなしそうな子だったので、俺は意外だった。
「間違いないよ。後でパソコンを見てみろ」
「…有害サイトは閲覧できないんじゃないのか」
「固いなー。そんなの嘘に決まっているだろう、学校でも堂々と見れるよ」
 俺は興味が無いといって断った。
 クラスメートが知らない人とセックスをして喘いでいる図なんて見たくも無い。
「興味が無いなんておかしいなあ」
 直は腕組みをして俺の顔を覗き込んだ。
「あっちのケがあるわけ?」
「あっち?」
「ゲイだよ。まさかねえと思うけど、ミヒロは可愛い顔をしているから誘われたりして?」
 その一言に鳥肌が立った。
「有り得ない!」
 俺はカバンで直を叩くと、自分の席についた。



「ミヒロ、懲りずにまた来たか」
 鈴木は俺が二度と来ないのではないかと、賭けをしていたらしい。
「今日はホテルだぞ?いけるのか?」
「はい、平気です」
 俺は自分のことよりも、先立つお金が欲しかった。
 車に乗せられて市内のホテルに入ると、俺は制服姿のままでベッドに座らされ、気付くともうカメラが回っていた。
撮影しているのは昨日と同じ中年の男だ。
「まずは靴下から脱ごうか」
 鈴木の誘導に従い、俺は靴下を脱いで足の指を見せた。
「次は上着。ネクタイはそのままでいい」
 そういいながら鈴木が俺の体に圧し掛かる。
 どんと押されて俺はベッドに倒れこんだ。
天井を見上げると照明にもカメラが仕込んであると気付いた。
思わず強張る俺に、鈴木は何も言わずにシャツの上から胸を撫で回した。
そして乳首をカリカリと指でひっかき、屹立させてしまう。
「いたっ」
 立った乳首がシャツに擦れて痛い。
 すると鈴木がシャツをまくり上げて、乳首を吸い始めた。
「わ!や、やだっ!」
 反り返る体を鈴木が押す。
「抵抗するなよ。いい絵が欲しいんだ」



3話に続きます



2009.03.27 劇的変化・1
「うちはモデルと言っても、ファッションショーに出るような公のものでは無いんだよ」
 俺の目の前でスーツ姿の男が煙草をくわえた。
「いわゆる、やらせのモデルを募集していたんだ」
「やらせ…?」
 俺の思惑とは違うのだろうか。
やらせなんて何を指しているんだろう。
「えーと、西田ミヒロくん。きみ、いくつ?」
「18です」
「そうか、ならばわかるだろう?アダルトサイトに乗せる動画用のモデルだよ」
「アダルトサイト?」
「よくあるだろう、強姦ものとか隠し撮りとか。きみはそれの襲われる役」
 俺は唾を飲み込んだ。
これは危ない橋を渡ろうとしているんだと、はっきりわかった。
 時給2000円を出すなんて普通じゃないとは思っていたけど、矢張りそうなのかと思う。
 背筋に寒気を覚えて膝に乗せていた拳が震えた。
いくらお金が欲しいからと言って、俺はとんでもないところに面接に来てしまったのか。

「その面なら随分稼ぎそうだなー。こっちはOKだよ。さて、きみはどうする?」
 値踏みをされて顔を背けた。
「…」
「怖いなら止めておきな。これでもね、真面目に取り組んでくれるモデルが欲しいから」
 しかし、俺には稼がないといけない理由がある。
「時給2000円ですよね?」
「ああ。そうだよ」
「やります。仕事をください」
「意外に度胸があるな。気に入った、早速車に乗ってくれ。撮影をするから」

 

「ただいま」
 部屋のドアを開けると香水の香りがした。
「母さん、まさか仕事に行くの?」
 風邪をひいてダウンしていたはずの母が、派手なスーツを着ていたので思わず聞いた。
「うん、いつまでも寝ていられないわよ。晩御飯は作ってあるから食べてね、じゃあ」
「無理はしないでよ?」
「はいはい」
 まだ鼻声の母がヒールの高いパンプスを履いて出て行った。
――母は水商売で働いて、俺を養ってくれている。
5年前に離婚した父から生活費が送られてこないからだ。
女手一つで子供を育てるには、この不況は向かい風だ。
水商売に行くしかなかったんだろう。
 それは理解している。
だからこそ母を助けたいのだ、俺だってもう18だ、今日みたいに稼げるんだ…

 自分の部屋に入り、財布から皺の寄った紙幣を取り出した。
合計で6000円。
俺は自分の体がこの紙幣のように汚された気がした。
 だけど、もう戻れない。
手っ取り早く稼ぐには、危ない橋でも渡るんだ。

 ベッドに横たわり、枕に突っ伏すと何故か涙が零れた。
数時間前の記憶が俺を苦しめているんだ。



「最初だから通り魔にしておこう」
 煙草を吸っている男は鈴木と名乗った。
何処にでもあるような苗字なので、偽名かもしれないとふと思った。
 俺は車に乗せられて人気のない公園の前で降ろされた。
「向こうまでまっすぐ歩いてね―」
 ビデオカメラを持った中年の男が俺に指図をする。
言われるままに歩き出すと、いきなり背後から羽交い絞めにされた。
「えっ!」
「されるがままにしていろ」
 口を手で塞がれ、ベルトを外されてボトムが膝まで落ちた。
その様を先程の中年の男が口元を緩めながら撮影していた。

(なんだ、これ!)

 腕を振って抵抗を試みたが、背後から襲ってきた男に下着を下ろされた。
露出された姿を、中年の男はしっかりと撮影する。

(嫌だ!)

 俺は肘で男を突き、逃げようとしたら急に中年の男がビデオカメラを持ったまま逃げ出し、
背後にいた男も駆け足で立ち去った。
 残された俺は地面に膝をつき、呆然としていた。
しかしいつまでもこんな格好ではいられない、気を確かに持ってボトムを履きなおすと車に戻り、鈴木から紙幣をもらった。
「6000円…」
「なかなかいい絵が取れたよ。流石、器量良しだな」
 その声で俺を背後から襲ったのは鈴木だとわかった。
「次も頼むわ、かわいこちゃん」
 その声に俺は体の震えが抑えきれなかった。
「かわいいねえ、今頃怖くなっているんだ?」
「あんまり言うなよ。逃げられたら困る。ミヒロは上玉だからな」
 鈴木の言い方では、俺は商売道具らしかった。


2話に続きます








「へえ。沢山CDを持っているんだね」
 湊が僕の部屋に来るのはこれで二度目だ。
 折角学校で我慢させていたのに、帰宅したらパートでいないはずの母がいて『今日は休み』と言うから、がっかりしてしまった。
 湊はきっと僕以上に落胆しただろうに、頭の切り替えが早いのか、CDに夢中だ。

「これ、借りてもいい?」
 湊がクイーンのベストアルバムを手にしていた。
「いいよ、良かったら他も貸すよ」
「ありがとう。俺、あまり洋楽を聞かないからさ、お勧めはある?」
「じゃあ、サヴェッジガーデンとか」
「それは踊れそうな感じ?」
「いや、リラックスできる」
「眠くなるの?」
 素直に聞くから吹き出してしまった。
湊はホストみたいに踊れる曲がいいのかと、笑いがこみ上げてしまったのだ。
「あ、酷い。笑っている」
「ごめん。でも、こういう関係もいいなあ。そうは思わない?」
「これでは友人でしょう。俺は嫌だよ? 触りたいもんね」
 ストレートに言われて照れてしまった。
身の置き場に困ってベッドに座ったら湊が圧し掛かってきた。

「ダメだよ」
「声、我慢して。そうしたら出来る」
「……音がするだろう!」
 頬を軽く打つと湊が膨れっ面を見せた。
この子供っぽさに翻弄されそうだ。
「じゃあ、音楽でも聴こうか」
 CDをかけたときに、鳥肌が立った。
こうすればセックスの音も声も隠せる……。

「やーらしー。悠里」
 湊に気付かれていた。と、言うか導かれた気がする。

「今日はゴムもオイルもあるから、昨日みたいに痛くさせないからね」
「……準備がいいね。それを持って学校に来ていたのか」
「当然」
 そう言うと湊はゴムのパッケージを開けた。
「早くつけたいから、起たせて」
「う、うん」
 流されている気もするが、サイドの髪を手で押さえて湊の茎を口に含んだ。
「え! いきなりなの?」
 湊を驚かせたかったのだ。
目的は達したがここまでしたらイかせたくなる。
茎を舌で舐めると口で何度も吸った。

「あ、そこ。悠里……」
 段々大きくなる茎にギブアップだ。もう舐めるか、手で扱くしかない。
「ああっ。不慣れな感じが……クる!」
(げ。大きな声!)
 
 

 結局、CDの音よりも激しく湊が吼えたので、今日は中止だ。
「明日は俺の家に来てよ」
「あ、うん」
「親は追い出しておくから」
 そう言って、キスをした。
「あ、ちょっと苦いね」
 顔を見合わせて笑ってしまった。
 


 我侭な湊と繋がったこの季節が、冬支度を始める。
 僕は今、湊の部屋で毛布に包まっているが下は裸だ。
曇った窓から冷気が流れてくるようで、床に座ると鼻がむずむずした。
「くしゃん!」
「あ、寒い? 悠里」
 湊が暖房をつけようとするが断った。
「……側にいてくれないかな?」
 すると湊が、履いたばかりの下着を脱ごうとする。
「や。そういう意味じゃなくてさ!」
 立ち上がって湊のお尻を軽く叩くと、不満そうな表情だ。
「肩を抱いて、湊の体温で暖めてほしいんだ。無理?」
「いいけど。誘われたと思ったのにさ」
 肩を抱くだけでは済まないだろうが、既に二回もしている。
早々は起てないはず。
「わー。細い肩」
「あまり嬉しくないな」
 湊が言うとおりにしてくれているのは嬉しい。幸せな気分だ。
「ねえ、来年の今頃はどうしているのかな」
「来年?」
 湊が首を捻る。
「来年よりも、今日。明日でしょう? 俺は毎日が楽しくて、そんな先のことまで考える余裕がないよ」
「ああ。わかる気がする」
「あ、何か、嬉しい。同意されると自信がついちゃう」
「ふふ」と微笑む湊の体が暖かい。
「僕達、同じ年だよね?」
「誕生日、いつ?」
「僕は十二月」
「俺は八月だったから、年上か! ああ、これなら伝説に乗ったね!」
「はああ?」
 
 僕視点ならそうかもしれないけど、同性だから結婚は法律上有り得ないし、先ず皆に全く祝福されない。
親は泣くだろうし、親戚も怒るだろう。

「バイトしたお金で、お揃いを買おう」
「お揃いなら、携帯があるじゃないか」
(しまった。あのオレンジ色の携帯の電源を切ったままだったな)
「もう、声が聞きたいだけじゃないんだよ。悠里と繋がっていたいんだ。これも同意してくれる?」
「……うん、喜んで」
 湊が拳をそっと出したので、僕も拳を握り、コツンと当てた。これが約束の証だろう。

 
 それから二週間後に、あの拳に光る指輪をつけて貰えた。
百合のモチーフで、照れくさくて仕方が無い。
「伝説一組め」
「あのさ」
 見返ると顎を指で上げられてキスをされた。
 先のことは知らない。
だけど今はこのまま感じていたいんだ。湊と同じだよ。



終わり

ありがとうございました!
またお付き合いいただけると嬉しいです


 翌朝、いつもどおりに登校したら、友人が駆け寄ってきてやたらと心配された。
「南波が煩くてさ、自宅を教えちゃったよ、ごめん」
「いいよ、別に」
 頭をかく友人に構わず席に座るが、内心は落ち着かない。
「でも、昨日おまえ達だけ休んだから、心配したよ」
「あ。そ、そうなんだ? 僕達だけか?」
 鼓動が高まってしまう。
顔が赤くなりそうで焦ってきた。
「家に押しかけてきたから、何となく話をしていて、さぼっちゃったんだ」
 背中を冷や汗が伝う。
苦しいいいわけだが、通るだろうか?
「ありがちだなー、森下。あれ、どうした?頬が赤いぞ?」
「あ、暑いね、今日は」
 下敷きで扇ぐと冷風が発生して、ぞくりとした。
「え。今日の最高気温は十五度だぞ?」
「あ、ああ、そう?」
「森下。いい加減にあの南波を甘やかすのを止めろよ。調子に乗りそうだから」
 友人の忠告はありがたいが、遅かった。
 昨日のセックスは互いの想いが成就した結果だと思うが、リードがやや湊よりな気がしていた。

「はよー」
 湊の声に反応してドアのほうを見てしまう。
「あ、南波だ」
「湊、おはよう」
 平常心を自分に言い聞かせて、声を掛けた。
「……悠里!」
 教室に入ってきた湊は一目散に僕の元に来て、友人を押しのけると、座っていた僕に抱きついた。
「は、離せ!」
「はよー、悠里」
 湊は愛おしそうに僕の項を撫でる。
「おいおい、南波―! 何をしているんだよ、おまえの彼女じゃないんだぞ」
「寝ぼけているな? よく見ろ。森下だぞ」
 友人が呆れて湊の肩をぽんと叩く。しかし湊は離れない。
「湊!」
 僕が叫ぶとようやく離れてくれた。
「え。迷惑だった?」
急におどおどとした態度に力が抜ける。
「悠里、怒っているの?」

(この自己中野郎―!)

「湊、席に着けよ! そろそろ厄介な日本史の先生が来るぞ」
「あ、そっかー」
 相槌を打つとようやく自分の席に向かうが、周りの友人達とのおしゃべりが始まる。
反省の色が見えない湊に、どうしたものかと余計な不安がこみ上げてくる。
 あの性格では僕との関係を言い出しかねないのだ。
秘密にして欲しいのは当然だが、口止めするのを忘れていた。
 あの天然な湊は、きっと口を滑らかす。
そうしたら僕の人生は、まっさかさまに落ちていくのだろう。
他人に後ろ指を指されては生きられない、おしまいだ。

「湊、どうして昨日休んだんだよ? 水族館もなかなか楽しめたぜ? 白熊が獣臭かったけどさ」
 のん気な声が聞えてきた。
しかし僕はそれに反比例して鼓動が高まる。
嫌な予感がする。
「白熊って言っても、汚れてベージュ色だけどな。可愛げがないよなー」
「ふーん」
「ん? どうしたんだよ、湊。マジな顔をして、何かあったか?」
「白熊よりも優先したいことがあったんだ」
 
 湊の声にどきりとした。
この展開では、僕との関係を言い出しかねない!

「みな……」
 注意しようとしたら日本史の先生が入ってきた。
「起立―」
 がたがたと椅子を動かして皆が立つ。
「礼―。着席―」
「おお。資料を忘れた。悪いが誰か、取りに行ってくれないか?」
「えー?」
 皆が、自分で行けよといわんばかりの表情を浮かべたとき、湊が手を上げた。
「資料なら図書室ですか? 行きますよ」
「悪いな。貸し出しの窓口に三冊置いてあるから、頼む」
 険悪の仲だったのにレポートの成果か、あの下種な先生が湊を頼っている。
それが面白くて眺めていたら、何と湊が僕に手招きした。
「悠里も行こうよ」
「三冊なら一人でもてるだろう」
「いいじゃない」
 何がいいんだ、と呆れていたら「誰でも良いから早く行け」と先生が言う。
 その言い方に何だか腹立たしくなり、僕は立ち上がった。
「じゃあ、行ってきます!」
 


「何を怒っているの?」
 廊下を歩きながら、湊は僕の機嫌ばかりを気にしている。
「湊は、先生にあんな言われ方をして頭に来ないのか?」
「別に? 先生はお年寄りだから、仕方ないんじゃない? 逆に生徒に気遣うような教師はおかしいと思うし」
 言われて見れば、納得できた。
「……そうだね。何か、僕はダメだ」
「昔の俺みたいだよ、悠里」
「あ」
 確かに、あの先生に憎まれてレポートを強要されたあの頃の湊と同じかもしれない。
「だけど昔って。そんな前じゃないだろう」
「まあまあ。俺はじっとしていられない性分だからさ、あの先生には嫌われたし、俺も嫌いだけど。でも、俺は悠里のお蔭でこれでも丸くなったんだよ」
 何だか恥かしくて咳払いをした。すると湊が手を繋いでくれた。

 図書室に着くとドアが開いていて、あの先生が慌てていたのが手に取るようにわかった。
 言われたとおりの窓口に本がある。
これを持っていけばいいのだな。
「行こうか」
 湊に声を掛けると「えー」と言う。
「どうかしたのか?」
すると湊が僕の腰に手を回して「十五分、くれない?」と聞いてくる。
「な、何が?」
「んー。どうしてわかってくれないのかな。俺の欲望が今ひとつ伝わらない」
 そんなことを言われて平常心でいられない。
 まさかとは思うが、これは誘われている。
「あのさあ」
「なあに?」
 見上げると微笑まれた。
「あの先生を待たせたら、また余計な作業を押し付けられるよ?」
「そうか。じゃあ、昼休みならいい?」
「……欲望に取り付かれたのかよ?」
「悠里を見ていると落ち着かないんだ」

 この自己中な湊には勝てない、惚れた弱みにつけこまれている気がした。

「……毎日は嫌だ」
 わざとささやかな抵抗を試みた。
「毎日じゃなきゃ、嫌だよ。どうして突き放すんだよ?」
「とりあえずここは学校だから。目を覚ませよ、湊」
「何処でも構わないんだけど」
 その我侭な言い方に、気持が救われていると気がついた。
 本当は強引でもいいんだ。
何処でも一緒にいたいし、触れていたい。
我慢してきた分が昇華されつつある。

「……家に来る?」
「うん」
(そんな、あっさり)
 誘うだけで意識してしまって、心臓に悪いのに、湊は平然としている。
場数を踏んでいる奴は違うと、自分の振り絞った勇気を無碍にされ、少しへこんだ。
「俺、悠里に誘われるのも好き」
 そんなことを言われて顔が熱くなり、気持が浮上する。
想いが伝わっているのを実感できて、とても幸せな気分になれた。
「早く教室に戻ろう」
 本は湊が持ってくれた。


14話に続きます


「セミダブルか。広いから大胆に動いてね」
 部屋に入ると湊が囁きながら、僕の下着を剥ぎ取った。
そしてベッドに寝かせると、目の前で堂々と自分も下着を脱ぐ。
 それは隆起していた。
逞しい茎を屹立させながら僕の側に寄り添い、腿を撫でてきたので、逃げるように開脚した。

「ねえ。腰を浮かせてよ」
「え?」
「折角開脚してくれているけど、腰を浮かせてくれないと入れにくいなあー」
「だ。だから、何が!」
 大体の見当はついている。
挿入したいのだろう。
だけど、興奮している湊の茎が入るはずがない。
僕の体が裂けてしまう。

「そんなに不安そうな顔をしないで。腰を浮かせてくれたら、後は俺がするだけだから」
 そんなことを言われて恥かしくなった。
両腕で顔を隠したら、湊が触れてきた。
「俺のこと、嫌い?」
 まただ。どうして聞いてくるのだろう。
ここまで来たら拒むはずもないのに。
「そうじゃなくて」
 たまに僕をこうして大事に扱おうとするのが、堪らないんだ。
「抱かせて。もう、止まれない」
「あ!」
 返事を待たずに湊は僕の秘部を指で広げると、強引に茎を突っ込んだ。
「いいいい! 痛い!」
 この異物感と裂けそうな感覚は、痛みしか与えてくれない。
「みな……」
 止めさせようとして、湊の表情に絆された。
紅潮した頬が男のくせに可愛くて、僕の眼をみながら腰を動かす魅惑さに胸が熱くなる。
僕は爪先立ちで腰を浮かせて、湊を招きいれた。
「大丈夫? 痛くないの?」
「い、痛いけど、でも」
 シーツを掴みながら、尚も進んでくる湊のもたらす衝撃に耐える。
腕が震えるけど、少しずつ湊と重なるのがわかるから、僕は痛みを受け入れた。
「ァア、ハア、アアアッ!」
「半分入れた! 悠里、気持いいよ」
 僕の中で湊の茎が動いている。奥を目指して進んでくるのがわかる。
 痛いけど、もっと感じたい。シーツを握り締めて、腰を揺らした。
「アアッ、は・はあ、んっ、ん……」
「悠里ぃ、あ、もう……」
振動に体を反らせて湊の名を呼んだ。 
「嬉しい」
 耳元で息を吐きながら湊が囁いた。
そして「ううんっ」と唸り、押し込んだ。

「あああんっ! み、湊。あ、ああ……」
「可愛い。いいよ、悠里。全部入ったから、楽しもうよ。もっと腰を動かしてみて」
「ウ、ううん!」
 言われるままに振ったら湊が奥を突いた。
「ァアア!」
「いい。凄く感じちゃう」
 湊が僕の頬を撫でたけど、僕は下半身を湊に攫われた感覚がしていて体を反ってしまう。
「ああ! いい。これも、いいよ……」

(そういいながら、おへそを触るなー!)

「はっ、は、うううん!」
 耳たぶや脇も触られて、声を出したいのに息が切れそうで言葉にならない。
「悠里、いい」
 湊が「あ、ああ」と激しく腰を動かして、互いの肌が音を立てて擦れ合う。
突かれる度に僕は我慢できない精を流し、湊のおへそや茂みを汚してしまった。
「ごめん」
「あ、謝らなくって、いいん、だよ! ウッウウン!」
湊が僕の中に暖かいものを流し込んだ。
「はっ。……ああー……」
 そして僕の体の上に重なってくれた。

「体位を教える楽しみを覚えた」
 湊は中出しした精を拭き取ると、思い出したように「ふふ」と微笑んだ。
「……腹立たしい!」
「え、怒った? 悠里?」
「怒っていないよ。もう、湊! 恥かしいからあんまり顔を見るなって!」
 セックスの最中、そして今も湊は僕から視線を外さない。
それが嬉しいけど、恥かしいような……。

「悠里も見てくれていたのに? このアンバランスさが、心をくすぐるね」
 項や胸元、脇や腰。腿の内側まで、湊が触れなかったところはひとつも無い。
 雨に濡れて冷えたはずの湊の指が熱くなっていって、僕は蕩けそうな感覚がしたんだ。
触られて嬉しいなんて、初めての経験だ。
「悠里、俺のことが好きでしょう?」
「……好きだよ。ずっと、好き」
 ようやく言えたので、自分のことながら泣きそうになってきた。
「やったー! 嬉しい! 俺も悠里が好き」
「それは先に聞いていたよ」
 慣れたつもりだったが、二人きりの場で言われると恥かしくなってくる。
「ねえ、悠里。具合がいいよ?」
「そんなこと、真顔でいうな……」
「だって、凄い締め付けで」
「初めてだからだろー! もう、止めろ!」


13話に続きます



 家に戻ると母は出かけた後だった。
静かな室内に、僕の期待は高まるばかりだ。

「とにかく、濡れた制服を乾かさないと。湊、脱いで」
 言ってから耳まで赤くなってしまった。
「ねえ。脱いでいいの?」
「ぬ、脱がなくちゃ乾かせないし。そのままでいたら風邪をひくだろう?」
「んー。何か、可愛いな」
 湊が唇をなぞりながら僕を見ている。
試されているようで、居た堪れない。

「先に脱ぐから」
 背中を向けて上着を脱ぎ、ためらいながらボトムも脱いだ。
 それをハンガーに掛けて窓際に干す。
エアコンをかければ乾くはずだ。

「シャツは? 脱がないの?」
 いつの間にか背後に湊が来ていた。
濡れた上着が触れて「ひゃっ」と声を上げてしまう。
「み、湊も脱いで。乾かすから」
「はーい」
「はーい、って。馬鹿にしているのかよ」
「違うよ。ドキドキするんだ」
 それを言わないで欲しい。
下着の中で窮屈さを感じている僕の茎が反応してしまう。

「じゃ、俺も脱ぐよ」
 湊の裸を初めて見た。
同じ男の体なのに、誘いをかけるような艶を感じてしまう。
「悠里、緊張しないで」
 ぼんやりしていたら僕のシャツを脱がしにかかっていた。
「自分でするから」
 湊の指を払うと残念そうな表情だ。
手持ち無沙汰なのか、今度は僕のお尻を撫でている。

「靴下も脱ぎなよ。濡れているだろう?」
 僕が腰を屈めて脱ぐと、それを湊は見物していたようだ。
「凄い、何か興奮しちゃう」
「同じ体だろう! 変なことを言うなよ」

「違うよ? いい香りがする。こことか」
 首筋を撫でられてぞくりとする。
「こことか」
 脇を突かれてくすぐったくて苦笑した。
「ここも」
「え?」
 湊は僕の乳首を指で挟んで刺激し始めた。
「な、何を?」
「あ。固くなってきた。凄い……」
 そのまま口に含まれて、ちゅっと吸われた。
「アアッ」
 体が痺れたような衝撃だ。
「悠里―。声、大きいんだ? 刺激的だね」
 湊は僕の下着を腿まで下ろして、直に茎を掴んだ。
そして力強く、性急に扱き始める。

「や、やだ。何で?」
 全身に汗をかきそうだ。
何故なら僕の茎はもう硬くなって破裂しそうなんだから。
「すご。悠里も感じていたんだ? 嬉しい」
「嬉しいって……」
 誉められているのか唆されているのかわからない。
「男は初めてじゃないのかな……」
「初めてだよ! 何を言っているんだ!」
「俺も初めてだけど、普通のセックスよりも興奮する」
 そして硬い僕の茎を撫でて筋をなぞる。
「あ、それ。ちょっと……」
 手で気持ちよくされるのも初めてだ。
「悠里、出しちゃおうねー」
「えっ?」
 手で攻め立てられて、早くも出そう。
声が漏れないように口を手で抑えていたら、湊は不機嫌そうに睨む。
「何だよ……」
「悠里。気持が良いなら声を出して。もっと興奮させてよ」
「な。……ァアアア!」
 湊が急に茎を強く握り、擦り始めていた。
「やだっ! あ、ああん、い、いや」
 忘れていたけど、湊は僕を気遣うときもあるが、元々は自己中心の性格だ。
自分の好きなように僕を弄ぶ気なのか。
「ねえ、イくとき、どんな顔をするの?」
「そんな。何を考えているんだよ」
「見たいなあ。……見せて」
 先端を指で弾かれた衝撃で「くっ、アー」と僕はあっさりと、放出してしまった。
「……はあ」
 大きく息を吐いて見上げると、湊と目線があった。
「いい顔」
「なにが?」
 ふふっと口元を緩めて満足そうな湊の思考が読めない。
僕は息が苦しくて体に汗を浮かべていた。しかも体が火照る。
「ベッドに行こうよ」 
 僕は再び言葉を詰まらせた。
「抱っこしてあげるから、案内して」
 軽々と抱っこされた僕は、リビングを出たすぐの右側のドアを指した。


12話に続きます
 雨が降る中、僕は湊と並んで歩いた。
ポツポツと傘を打つ音しか聞えないこの重苦しい空間は、避けたかった事態だ。

「よく、僕の家がわかったね」
「悠里と同じグループの奴に手当たり次第に電話を掛けて、教えて貰った」
「そう、か」
 そんな努力をしてくれたことが嬉しい。
しかし気まずい空気は一向に変わらない。
「水族館に行くことになりそうだね」
 この空気が辛くて呟いた。

「悠里」
 呼ばれたので湊のほうを向くと、鞄を持っていた右手を掴まれた。
「え! な、何?」
「今日、俺と付き合って」
 湊の眼がまっすぐに僕を刺した。
「学校は、郊外学習は……どうするんだよ」
「行きたくない」
「そんな、子供みたいなことを言うなよ。どうしたんだよ、湊!」
 手を離させようとしたけど、しっかり握られていた。
「悠里だって行きたくないくせに」
 そんな言い方を初めて聞いた。
湊は僕を無意識に追い込むことは多々あったが、本気で照準を合わせたのは初めてだ。
「勝手だなあ。どうしたいんだよ、湊」
「つきあってくれるなら話す」
「順番が逆だろう?」
「……悠里」
 湊を雨から守っていた傘が、急に後方へ落ちていった。
そして髪や肩に容赦なく振り続ける雨で、湊が濡れていく。

「ど、どうしたんだよ。傘が」
 拾おうと体の向きを変えたら、傘を奪われ、そのまま抱き締められた。
「湊? どうして……」
 凍える体が冷たくて、僕は抗った。
「悠里、このままでいて。もっと抱き締めさせてよ」
「何を言っているんだよ! 湊、ずぶ濡れだろう、離せって」
「嫌だ」
 湊が僕を抱く力を強めた。
「……何があった?」
 尋常ではないと思い、背中越しに聞いた。
「何もないよ。ただ、俺は間違っていたことに気がついたんだ」
「嘘付け……。何のことか知らないけど、それを言う為にわざわざ電車に乗って僕の家まで来ないだろう」
髪が濡れて雫がしたたり落ちる。濡れていく制服が重く感じる。
「湊、このままじゃ、何処にも行けないよ」
 見返ると息がまともに湊にかかった。
「あ、ごめん」
 口を抑えていると顔が熱くなる。
「別にいいよ。近いけど、嫌じゃない?」
「うん。嫌じゃないよ……」
 強気に出たのに甘い声を囁かれると弱い。
「よかった」
 安堵したのか湊が微笑んだ。
 
 駅までの道程は遠い。
それにお互いずぶ濡れで、乾かさないと風邪をひいてしまう。
「付き合うから話を聞かせろよ。その前に僕の家に行こう。制服を乾かそうよ」
「いいの?」
「良いも悪いもないよ。寒くなってきた」
 湊の懐に顔を埋めると暖かかった。
僕の髪を撫でて抱き締める、湊の気持がまだ読めないままだ。
「湊、歩かなくちゃいけないから離して」
「もう少し、だめ?」
「……風邪をひくだろう」
「看病するから」
「湊も風邪をひくんだぞ? もう、離せ」
 往来で抱き締めるなんて、本当に自己中心的な奴だ。
僕は近所の人に見られたらアウトなのに、少しは僕のことを思いやってくれてもいいだろうに!

「悠里じゃなきゃ、俺はダメなんだよ」
「……何回聞かせるんだ、その言葉を」
 その度に僕の心は湊を諦めきれずに、欲してしまっていたのに。
その罪を知らない湊は今もまた、僕を困らせる。
「好き」
「それも聞いた」
 突き放さなければいけない。
湊の『好き』は友情だろうから。僕とは違うんだ。
「湊、寒いから」
 いい加減にしろと顔を上げたら、この唇が塞がれた。
そして暖かい体温が伝わり、僕の冷えた心が動揺して気持を曝け出そうとする。

(どうしてキスをするんだよ!)
 
 唇を離そうと向きを変えても顎を掴まれてまたキスをされる。
湊は何度も僕の唇を吸って、下唇を鋏み、名残惜しそうに唇を離したときは、全身ずぶ濡れだった。
「悠里」
 僕の濡れた頬を手で拭わないで。
唇を指でなぞらないで。
これ以上僕を悩ませないで!

「好きなんだ。悠里しか欲しくないんだ」
 その甘い声に心の鍵が壊れた。
しまいこんだ想いが、もしや成就されるのか?
「……奈々さんは、どうしたんだよ」
 おおよその予測はつけていたが、湊が知っているのかがわからないので聞いた。
「俺から別れると言った」
「え、はあ?」
 振られたんじゃないのか? 僕は湊を見た。
「だって、俺……奈々さんと会っていても、悠里の話しかしないんだって。奈々さんが、そう言ったんだ」
「おまえは……何をしているんだよ?」
「合コンの場で盛り上がって、好きになった錯覚がしただけだったんだ。会っていても、俺は心ここに在らずで、それを奈々さんに指摘された。俺はようやくわかったんだ」
 僕は声が出せないでいた。
湊が何を言い出すのか、期待してはいけないと自分を押さえつけていた。

「俺にとって悠里はかけがえのない存在だ。クラスメートでも友人でもない」
 湊が僕を見ながら前髪をかきあげた。おでこを見せたその仕草に、艶を感じた。
「あー。口の中に雨粒が入った」
「早く僕の家に行こうよ」
「誰か、いる?」
「母がそろそろパートの仕事に出かけるはずだから、誰もいなくなるよ。だから別に困らない……」
 と言いかけて顔が熱くなった。
心にひた隠してきたものが、漏れてきたのだ。
 思わず顔を伏せて口を手で覆う。
知られてはいけないのに湊が本当に上手に突くので、僕は本心があからさまになるのを恐れた。

「俺、きっと今、悠里と同じことを考えている」
湊のまっすぐな言葉を聞いていられない、耳を塞ぐと腕を取られた。
「ここまで来たんだ、俺を受け止めてよ」
「ばっか……」
 言葉が出てこなかった。
ただ湊の胸に顔を埋めてしまった。


11話に続きます
 
 十九時五十分。
僕は携帯を片手に待ち合わせのファミレスに向かった。
 気持的には電車に乗って駅前のパン屋まで迎えに行きたかったが、そこまでしたら気持が高ぶる。
僕は忍耐と言う言葉を胸に言い聞かせていた。
 ファミレスに着いたのは二十時一分。
バスに乗ったせいか、早く着いてしまった。
 店内を見渡すと家族連れが目立つ。
その中に湊の姿はまだない。
 とりあえずテーブルを案内して貰い、湊を待った。

 二十時十分。
湊はまだ来ない。
 気になって携帯をちらちらと見るが着信もない。
何だか、このまますっぽかされる予感がした。
 注文したコーヒーが運ばれてきたのは二十時二十五分。
混んでいるから遅くなったのだろう。
それは構わないのだが、湊が来るか来ないかと気になってコーヒーを飲む気さえしなかった。
 僕は今までに、付き合った彼女を待った最高時間は三十分だ。それを過ぎたら「忘れているな」と判断して、帰宅する。
 湊を何分待てるだろう。
しかし今までの経験からすれば、もはや忘れているとしか思えない。
時計は二十時三十八分だ。

(会いたかったけどな)
 
 立ち上がり、会計を済ませた。
そして店を出ると、空に小さく瞬く星を眺めて、港が今頃は楽しく笑っていたらいいやと、溜息混じりに思った。
 残念なことに帰宅途中も、帰宅してからも、携帯は鳴らなかった。


 翌日、僕はそれを責めずに、いつもどおりの時間を過ごした。
授業中の教室は湊の私語で煩いし、郊外学習の件で皆が文句たらたら。
 その郊外学習は明日だ。いっそ雨でも降れば水族館にいけるかもと呟く女子に賛同したい気持だ。
(そういえばおやつかー。別に要らないけど、軽いものくらい準備するか)
 
 放課後、帰ろうとしたら湊の姿がなかった。
相当、バイトに入れ込んでいるのだろう。
奈々さんに、指輪をプレゼントしなくちゃいけないからな。
 僕は一人で帰宅の途についた。
途中でコンビニに立寄り、ガムでも買おうと店内をうろうろしていたら、聞き覚えのある声がした。
 
 その声の主は雑誌コーナーにいた。
巻き髪で頬がうっすらと赤い、奈々さんだ。
 これはもの凄い偶然だなと驚きながら、奈々さんが一人ではないとすぐに気がついた。
 スーツ姿の男性が奈々さんと雑誌を立ち読みしながら話をしている。
時折見せたあの可愛らしい笑顔が、その男性に惜しみなく注がれていた。
 奈々さんは携帯のショップで働いているのだから、相手は上司とか会社関係の人だろう。
そう思ってあえて挨拶をせずにガムを買って外に出た。
 何となく振り返って店内を見たら奈々さんと目が合った。
手でも振ろうかなとしたら、奈々さんは両手で口を抑え、目を見開いて驚いていた。

(そんなことってあるんだ)

 僕は奈々さんの左手の薬指に銀色の指輪を見た。
視力がいいことがこんなに皮肉めいたものを見せると、初めて体験した。
僕は何の合図も送らず、その場を去った。
 
 帰宅してから最初にしたのはオレンジの携帯の電源を消すことだった。
これは、湊から貰ったけど、奈々さんも絡んでいる。
僕はこの携帯を使う気になれない。
 そして前から使っている携帯はマナーモードに変更して、ベッドの上に放り投げた。
今日は誰とも話す気力がないからだ。
 明日は郊外学習だ。しかも湊と同行だ。
雨が降ればいいのにと、僕はニュース番組を眺めていた。
降水確率七十パーセントと聞いて、安心した。
行き先が変われば班も何もあったものではないだろう。
僕は湊に話しかける気力さえ失くしていたのだ。

 風呂に入り、タオルで髪を拭く。
もう寝ようとしたら携帯の着信があった。
見ると湊から五回もかかってきていた。
しかし掛け直す気になれない。
携帯に、ごめんと呟いて僕は横になった。
なかなか寝付けない夜中、枕の辺りで何度も携帯が震えていた。
 それをとらないのは卑怯だとわかっている。
堪えきれない涙が零れた。
湊が可哀想だと、心の中で叫びながら枕に突っ伏した。


 翌朝は皆の願が天に通じ、雨が降っていた。
これは水族館に行けるのかなと楽しみにしながら朝食のパンドーロを食べていたら、携帯が鳴っているようだ。
無視していたら母に「ブンブン煩いから出なさい」と叱られた。
開けると案の定、湊だ。

「はい、悠里です」
『……何回かけたと思う? どうしてシカトするんだよ』
「していないよ」
 朝から勘弁してくれと思った。
『俺、何か悪いことをした?』
 
 本当に罪のない奴だ。

「何もしていないよ」
 そう、何もしていないのが困るんだ。
『悠里』
「なに?」
 僕は努めて冷静を保ったはずだったが、横から母が「こぼすんじゃないわよ、子供じゃあるまいし」と言いながらテーブルを拭くので、笑いがこみ上げてしまった。

『悠里が遠いんだけど』
「はは、遠くないよ。同じクラスだし、今もこうして話しているじゃないか」

『茶化さないで』
 湊の声が僕の笑いを止めた。

『俺、今、悠里の家の前にいるんだけど』
 咄嗟に立ち上がった。そして玄関まで駆け出して、息を弾ませながらドアを開けた。
「……おはよう」
 携帯を耳に当てたまま、傘をさした湊がいた。
「おはよう……」
 僕は頭の中が真っ白になった。


10話に続きます

 放課後、帰宅すると何処かで携帯が鳴っている。
鞄を開けたがこっちではない。
オレンジか、と音のする方向へ慌てて駆けつけた。
「はい、悠里です」
『走ったの? 凄く息切れしているじゃないか』
 悠長なことだ。
人を走らせておいて驚くな。
「ああ、今、帰宅したばかりだったから。で、何?」
『あのさー。バイトが決まったんだけど』
「お! 凄いじゃないか! こんなに早く決まるなんて、ラッキーだよ。それで、何処で働くの?」
『駅前のパン屋さん』
「昨日、行ったところ?」
『うん』
 
 こういうこともあるのだなと思う。
何気なく利用したお店に雇われるなんて、きっと何かの縁だ。

「頑張ってね」
『それが聞きたくて悠里に電話をしちゃったんだよなー。あー。嬉しい!』
 え。今、何て言ったんだ。
「湊、奈々さんには勿論話したよな?」
『え。まだだよ。だから、最初に悠里に電話したんだって!』
 この男には勘弁ならない。
「早く奈々さんにも電話をしなよ。じゃあ」
 切ろうとしたら、何かを話していた。
「ごめん、何て?」
『悠里ってさあ。俺のことをどう思っているの? 俺は悠里が好きなのに、こうして冷たくされると、へこむんだけど』
「今、冷たいことをした?」
『した。今、切ろうとした』
 複雑な気持だ。二の句が継げずに黙り込み、僕は携帯を耳にあてたままでいた。
『悠里、怒った?』
 怒るわけがない。
『何か、言ってよ』
 言えるはずもない。
『俺は悠里に嫌われたくないんだ、それだけなんだけど』
「それが……湊、僕は怒っていないし、嫌いにもならないよ」
 視界が急にぼやけてきた。どうしたのかなと思ったら、頬に何かが落ちた。
「嫌いになるわけがないよ」
『……悠里? どうした、泣いているの?
何で? 俺、きつかった?』
「きつくないよ……」
 
 僕は抑えきれない恋情と葛藤している。
今もしも口に出したら、この友情は壊れてしまうのだろう。
嫌だ、僕は湊が離れるのが怖い。
クラスの皆は湊が僕に依存していると言うけど、本当に依存しているのは僕なんだ。

「花粉症なんだ……」
 咄嗟についた嘘はこの季節では稀な病だ。
しかし湊は『そうだったんだ?』と明るい声を聞かせてくれた。
 ゴトンと足元で音がした。携帯を指から滑り落としてしまったのだ。
(もう限界だ!)

 胸が苦しい、息をするのも辛い。
目からは雫が落ちて膝を濡らすし、足元の携帯は機械音がツーツーと流れている。
「もう、どうにもできないよ……」
 この気持は自分では昇華できないらしい。



 
 郊外学習なんてすっかり忘れていた。
突然、担任の特製のしおりが前の席から回ってきて、皆がドン引きしている。
「普通、作るかー?」
「有り得ないっしょー」
 皆が陰鬱な空気を出しているのは、しおりに書かれたやる気マンマンの文章だ。
どうやら担任はアウトドア派らしかった。

<当日は七時に正門前に集合。バスに乗って、標高二百五十三メートルの高根山の麓まで行く。そこから探索スタート! 自然に囲まれた頂上付近にある公園でくつろぐもよし、川で水遊びも楽しい。普段の生活でのストレスを発散しよう!>から始まって持ちものは、弁当とおやつだの、バスは出席番号順に座れと計画が出されている。うんざりだ。

 しかしこれでも書き漏らしたことがあるそうだ。
何かと聞けば「おやつは千円までOKだぞ!」と言う。
「そんなに持っていく奴はいねえよ!」
「もう、馬鹿じゃないの?」
 皆が「あーあ」と無気力になる中で、委員長が立ちあがった。
「この郊外学習を行う理由は何ですか。僕達は来年受験生になるんですよ。もっと有意義な時間の使い方はないのですか」
 まともな意見に皆が拍手をする。
「でも、三組の奴らは動物園に行くんだら、まだマシだよ?」
 湊の発言に皆がどよめく。
「うわ。動物臭そう」
「秋の動物園なんて寒そう。きついなー」
「だから、まだマシなんだって」
 湊はそう言いながらも項垂れている。
「一組は水族館だけどね」
「げー! そっちがいい!」
「先生! 私達も水族館にしてよ!」
 一気に膨れ上がった不満が爆発して、今日のホームルームは一時間目に突入しても終わらなかった。
「毎年、山登りを経験したクラスから、伝説に乗っかる奴がでるんだぞ!」
 担任の嘘か誠か知れない鶴の一声で、皆が固まった。



 放課後はバイトに急ぐ湊を見送って、帰宅した。
あんな電話の後だから気まずいと思ったけど、いつもと変わらなかった。
 それが安堵であり、寂しくもある。
僕のことなんて湊には友人の一人なのだろう。
 夕食の前に小腹が空いたので、冷蔵庫からプリンを出して、リビングでテレビを見ながら食べていた。すると携帯の鳴る音がする。これは湊だ、慌てて携帯に出ると笑い声がした。
『悠里は本当に、三コールまでに取ってくれるんだ?』
「湊が取れって、言ったんじゃないか」
 慌てたからプリンをこぼしてしまった。
話しながら布巾で掃除を始める。
「で、何かあったの? バイトしているんだろう?」
『うん。今、休憩』
「そういうときは、奈々さんに掛けろよ。もう、本当に湊は!」
『俺が話をしたいのは悠里なんだけど』
 まただ。好意があるようで胸が苦しくなる。
「あのさ」
 振り切って、奈々さんに掛けるように言おうとした。
「あの……」
『俺、何か間違えた気がする』
「何が?」
『俺は恋がしたかっただけなのかも』
 寂しそうな声にいた堪れなくなる。布巾を放置して、湊の言葉を一言一句逃すまいと携帯に神経を集中した。
『俺、わからなくなったんだ。でも答えを出さないといけないのもわかっている』
 抽象的過ぎて何かわからない。
バイトでくじけたのだろうか、それとも奈々さんと何かあったのか。
「湊。バイトは何時に終わる?」
『今日は二十時にあがるけど』
「外で……会おうか」
 自分で自分を追い込んだ。
そんなことをしたら、気持を吐露するかも知れない。
だけど、寂しげな声を聞くと何とかしてあげたいと思う。
たとえ、何が起ころうとも、湊の力になりたい。気持を押し隠そう。頑張れば、きっとできる。
『本当に?』
「うん。何か……会いたくなった」

(しまった!)
 
 決めた側から何てことを口走ったんだ?
 どうしよう、湊がいつものように聞き流してくれたらいいのだが。
『俺も会いたい』
 心が痛い。
携帯を持つ手が震えてきた。
『悠里に会いたい。だから……バイト、頑張るよ』
 明るい声に罪の意識がない。
僕の心は思いを伝えよと騒いでいるのに、どうしても友情を壊したくなかった。
壊れたら二度と湊と話さえできなくなるとわかっているから。


9話に続きます

 お昼の時間になると女子が煩くなる。
持ち込んだ雑誌をめくりながら「このメイクが鉄板」だの「これ、超良くない?」と、弁当を食べながらよくもまあ、あんなに話せるものだと感心する。
 僕はパンを食べながら、求人情報誌を見ていた。
湊がバイトをすると決めたなら、勧めた僕もやろうと思い立ったのだ。
「森下もバイトをするのか? おまえなら、何処に行っても可愛がられる気がする」
「器用だもんなあ。あのレポートを読んで、見直したよ。行動力もあるからさー」
 同じグループの男子が応援してくれる。
「何だかんだ言って、真面目だからな」
 よく見てくれていると嬉しくなる。
僕は手を抜くことができない性分だ。
そのせいで世の中を渡り辛い自覚はあるけど、これが生き様なんだろうな。

「悠里、何を読んでいるの」
 湊が焼きそばパンを食べながら寄ってきた。
「おお、湊。最近、森下とよくつるむなあ。今も離れていられない感じ?」
 茶々を入れられたけど僕は下種に返す適切な言葉を知らない。
「何を言われようと、俺は悠里がいないと生きていけない」

(何だと?)

「おいおい。そういう言葉は彼女に言ってやれよ」
 聞いていた連中が苦笑いだ。
「彼女は別だよ。悠里も別」
「何だ、それ。一度、湊の頭の中を覗いてみたいな」
「止したほうがいいんじゃない? きっと森下のことしか入っていないから」
 女子の鋭い指摘に皆が笑いに包まれた。
「なあ、森下。バイトをするならそこで彼女を見つけろよ」
「へ?」
 意外な言葉が飛んできた。
「おまえももてる口だと思うぜ? いつまでも湊の面倒を見ずに、自分も幸せを掴めよ」
「そうだ、伝説の二組目は森下になるように祈ってやるよ」
 何だかクラス中が僕の味方になっているようだが、本当は逆だ。
僕の心の中にしまってあるものは、誰にも言えない。
それなのに日々成長してしまうのは、湊のせいだ。

「彼女、欲しいの?」
 湊が聞くので顔を上げた。
すると湊のひょうひょうとした表情が映る。
「どうしてもってことはないけどさ、僕も男だし」
「ふうん。何か、ショックだな」
「はあ?」
 湊が空いている椅子をひきずってきて、僕の隣に腰掛けた。
「彼女ができたら、そっちにかまけて、俺と遊んでくれなくなりそうで嫌だ」
「……何を言っているんだよ。正気か? 湊にも彼女がいるんだから、いいじゃないか」
 ひきつりながら話していると、他の連中が呆れ顔だ。
「森下、これはとんでもない子供に懐かれたなあ。ご愁傷さま」
「湊の彼女に相談したら? 『湊を野放しにされると困る』って」
 それは一理ある。
だが奈々さんに相談したところで湊はクラスメートだから、毎日顔を見る。
矛盾しているけど僕は湊に毎日会えるのが嬉しかったりするんだ。
この思いを断ち切らないと、僕はいつまでも堂々巡りだ。

「ねえ、悠里。俺がバイトを始めて、その休憩時間とかに悠里と話ができないと困る。
俺が電話をかけて、出てくれないと嫌だ。
だからバイトなんかしないでよ」
「……はー」
 それを聞いた皆が溜息をついて項垂れた。
 勿論、僕もそうだ。
こうも甘えられると嬉しさを通り越して、思い切って抱き締めたくなってしまう。
矢張りバイトをして気を紛らわすのだ。
あわよくば、出会いがあるかもしれないし。
(想いを断ち切るんだ)

「背が高くて男前なのに、とんだ甘えん坊だ。
湊、甘える相手が違うぞ。彼女に甘えろよ。さっき、年上だって言っていたよな。丁度いいじゃないか?」
「悠里に甘えてはいけない理由なんかあるのか? 俺は悠里がいないと嫌だ」
「はー……。ベタ惚れかよ」
 皆がもはや笑えなくなっている。
「南波―。あんたのこの実態を他校の子達に言ったら、さぞや人気が落ちるんじゃない?
森下に頼りすぎ。見ていて苛立たしいわよ、いい加減にしなさい」
 前髪をダッカールでとめた女子が叱り飛ばした。
それでも湊は僕の側から離れない。
「好きになっちゃ、いけないのかなー」
 そのとどめの一言に、クラス中が笑いに包まれた。
僕も少し吹き出したけど、本音は嬉しかった。
皆は冗談と取るだろうな。
「はあ」
 溜息をついてまた求人情報誌を見ると、不意に取り上げられた。
「湊?」
「だから、バイトをしないでよ」
 そういって、自分のグループに戻っていく。
「あいつ、大丈夫か?」
 聞かれても答えようがない。僕だって、あの思わせぶりな態度に困惑しているんだ。
「相当、森下が好きなんだろうな。これは親友になるのかな。それとも厚い友情か?」
「……愛情でしょう」
 誰かの言った言葉に、皆が食欲を失った。


8話に続きます

 翌朝、登校すると教室内は騒がしい。
湊が来ているのだな、と姿を見なくてもわかる。 
 近くにいた子に「おはよー」と挨拶を交わして席に着くと、湊はどうやらバイトの話をしているようだと気付いた。
「おまえにバイトなんてできるのかよー?私語が煩いって、即日解雇じゃないか?」
 あはははと笑う皆に賛同したい。
昨日僕は湊にバイトを勧めたが、性格的に社会で通用するのか心配だ。
「やれるって! 大丈夫。だって、どうしてもやらなくちゃいけない理由ができたからさあ、俺だって本気を見せるよ」
「ほおお?」
 また笑い声がしている。
楽しそうだなあと他人ごとのように眺めていたら「おはよう」と肩を叩かれた。
誰かと思えば星野サンだ。
「おはよう」
 挨拶は人としての基本だ。
だから無視はしないけど、もう関わって欲しくない。
「ねえ、昨日は走っていたね。何処に行ったの? 南波くんと会っていたりして?」
「急いで帰宅しただけ」
「けち! いつもそうやってはぐらかす」
 何が、けちだ。
星野サンこそ、どうして何でも聞きたがるのだろう。
 気分を害して頬杖をつくと、今度は制服の上着を引っ張られた。
「何?」
「そんなに、うざそうにしなくてもいいじゃない! ねえ、これ見てよ」
 携帯を渡された。興味がないのにと渋々見てみると、それは発信画面で、おぞましい記録が残されていた。
彼女は十七時から二十一時まで五分とおかずに、ずっと湊に電話を掛けていたのだ。
「何、これ! 気持悪いよ!」
「酷いわね」
 星野サンが携帯を取り返して「あ、間違った」と呟いた。
「本当はこっち」
 また見せられるのかと体ごと除けたが、携帯を突き出された。
今度は待ち受け画面で、何と湊とツーショットで撮った写真だった。
「何だ、これ!」
「うふふ。いいでしょう? 南波くんにお願いして、撮っちゃった!」
 僕は愕然とした。
湊は人が好すぎると思ったし、星野さんが急接近するなんて、それが怖かった。
「ねえ、森下ちゃんも知っているでしょう?この学校の伝説! 私、一番乗りしちゃおうかなー」
「何が? どういうこと?」
 尋ねながら鳥肌が立っていた。
僕の勘が外れて欲しいと願いながら、眉間に皺を寄せた。
「今日のホームルームで校外学習の班を決めるよね。私、南波くんと一緒の班になりたいから邪魔しないでよね」
「はあ?」
 
 まだ行き先の決まっていない校外学習か。
 校外学習の班編成は、男子女子各二名と決まっていて、僕はこの班編成も未定の行き先も全く興味がなかった。
 だけど何故か闘志が湧く。
星野サンだけは湊に近づけさせたくない。
他の子なら誰でもいい、きっと無害だから。
 
 ホームルームが始まると騒ぎは更に激しさを増した。
皆が勝手に誰と同じ班がいいと主張して、全くまとまりがなかった。
 先生がくじ引きを提案したら女子が聞き入れない。
それはそうだろう、派閥があるのだから。

「もう、おまえらで勝手に決めろ。今日の放課後までに班を決めて、委員長が報告しろ」
 先生が匙を投げたが、その気持はわかる。
さて、どうしようかなあと思ったら、湊がいきなり僕の席まで歩いてきて、机に両手を置いた。
「な、何? どうした?」
「同じ班で、いいよね?」
 小首を傾げられて、胸の鼓動が高まった。
(あれ、どうしたんだ?)
「ね?」
 念を押す湊に「うん」と答えると、湊は両手を上げて「よっしゃあ!」と叫んだ。
「何なのー、南波! 煩いよ、あんた」
 女子が苦笑いしながら注意をすると、湊は腰に手を当てた。
「一つ班が決定―!」
「おいおい、南波! 女子が二人必要だぞ」
「そうよ、それで皆が悩んでいるのに。あんたは気楽でいいわねー。面倒を見てくれる森下を確保したんだから」
 女子や男子にぶつぶつ言われても、湊は動じなかった。

「それで揉めるくらいなら、別に男女混合の班じゃなくてもいいんじゃね?」
 
 湊の一言に、皆が目を丸くした。そして、じわじわと笑いの波が押し寄せた。
「もう! 南波には敵わないわね」
「そうだよ、揉めて決まらないくらいなら、最初から別々でいいんじゃないか。なあ、委員長」
 委員長と呼ばれた気の小さそうな眼鏡の男子が周りを見渡して、ゆっくり立ち上がった。
「僕も、それでいいと思います。そのほうが早く班が決まるし。僕は、放課後は塾があるので、早く報告できたほうが助かります」
「おいおい。自分の都合かよー」
 野次が飛んだが湊の意見でまとまりそうだ。

「凄いな、湊」
「え、何で?」
 言った本人が自分の発言の影響力を理解していない。天然か?
「皆が湊の意見に賛成したんだよ? 凄いよ、湊は」
「へえ? 俺はただ、悠里と一緒がいい。それだけなんだけどなー」

(この悪魔! その言い方が、僕の心に火をつけるのがわからないのかな!)
 
 はあ、と溜息を出して机に頬杖をついた。
 目の前にいる湊が中腰で微笑みかけるのが照れくさいし、何処を見ていいのかわからなくて本当に困る。

「席に戻れよ、もう決まったんだし」
「あれ。悠里、怒っている?」
「怒っていないよ」
 しかし湊は唇に指を当てて「んー」と言いながら僕を見つめた。
「俺が嫌い?」
(何を言い出すんだー!)
「そんなことはないよ。僕も湊と同じ班がいいなあと思っていて、実現したからちょっと驚いただけ」
「そっか、良かった!」
 その微笑を独占している人がいるんだよな。
 そう思うと、悲しくなってしまう。
「あ、ねえねえ! 南波くん! 私も同じ班に入れてよ」
 は! 星野サン、何を言い出すんだ。
「ん? 別にいいけど」

「……湊!」
「え、どうしたの、悠里」
 何もわかっていない湊を引っ張って廊下に出た。
「どうしたの?」
「あのさ。凄く言いづらいけど、星野サンは断ったほうがいい」
「どうして?」
「湊に関心があるからだよ」
「へえ?」
(ああ、何もわかっていないんだ)
「そういえば、どうして携帯番号やメアドを教えたり、ツーショットなんか撮るんだよ? 奈々さんが見たら悲しむぞ」
「そうかな? 別に何も関係ないからいいんじゃない?」
(女性はそうは思わないはずだ)
「……奈々さんは女性だよ。そしてこの場にはいない人だ。自分の知らないところで、別の女性と写真を撮っていたなんて、ショックを受けると思うよ。自重しろよ」
「そうか……」
 湊の表情が曇った。
こんなにいい男なのに、自己中心すぎて相手の気持を考えられないのは、ある意味不幸だとは思う。

「でも、どうしよう。あの写真」
 そして、湊は繊細なんだよな、時々だけど。
「撮ったものは仕方ないよ。星野サンは湊を狙っているんだから、削除してと頼んでも、絶対に消さないと思う。だから今後、こんな軽率な真似はしないでいたらいいんだよ。
僕も心配になるからさ」

(しまった、口が滑った)
 
 思わず自分の気持を付け足していた。
まあ、気楽な湊には何も通じない、と高をくくっていたら、湊が目を丸くしていた。
(あれ? さっきまで暗い表情だったのに)

「ど、どうかした? 僕の言ったことがおかしかった?」
「悠里が心配してくれていたの?」
「……あのさ。それは友人として当然だと思うけど。奈々さん、あんなに可愛い……」
 話の途中で抱き締められた。僕の唇が湊の首筋に触れて、頬にシャツの襟が当たる。
 そして腰にまわされた腕のしなやかさに、胸の鼓動が高まってしまう。
「な、何?」
 自分の腕の行き場がなくて硬直していた。
「心配させてごめん」
 僕の髪のトップの辺りに湊の息がかかって、背筋がぞくりとした。
「……それは、奈々さんにするべきだろう。
湊! おまえは相手を間違えているぞ」
「間違えていないよ、悠里だよ?」
 
 どうしても悩ませたいのだろうか。
僕が心の中に厳重な鍵をかけてしまいこんだ芽生えた気持を、どうしてくれるんだ。

「おや? ようよう、お二人さん。どうしたあ? 湊、それは可愛い顔をしているけど、森下悠里だぞ?」
「げ。どうしたの、南波」
 皆に見られているし、本当に困る。硬直していた腕を引き上げて、軽く湊の胸元を押した。
「え」
「え、じゃないよ。ふざけるな!」


7話に続きます
 
湊達と別れて、携帯を抱えて電車に乗る。
 別れ際が寂しいなんて、初めて思った。
湊には彼女ができたのだ。
応援しなくちゃいけないはずが、手元にあるこの携帯が僕を悩ませるんだ。
(湊からしか、かかってこない携帯か。ただより高いものはないな)
 湊は罪作りだ。そう感じると溜息が出た。
 

 帰宅してから、貰った携帯はそのままにして取り出す気にもなれなかった。
 僕はとにかく眠りたかった。
何もかも夢だと、誰かに囁いて欲しかった。
 
 母が夕飯だと呼ぶので、ベッドから降りると携帯が鳴っていた。見ると湊だ。
「はい、悠里です」
『全然掛からないんだけど、まさか箱から出してもいないとか?』
「ごめん。何か、疲れて寝ていたんだ」
『あ、そうなのか。ごめん! 俺、嫌われたかなあと思っていた』
 どんな思考をしているのだろうか?

「……何で?」
 携帯を耳に当てながら部屋を出た。キッチンに向かうと、良い香りがする。
『ん。だって、押し付けたような感じだったかなあと思って。俺は悠里とだけ話せる携帯があったらいいと考えたけど、悠里にしたら、うざいだけかなーと、不安になった』
「湊は気にしすぎだよ。僕は『うざい』なんて思っていないから。でも不安にさせてごめん。新しい携帯をありがとう。夕飯を食べたら電源を入れるよ。じゃあ……」
 切ろうとしたら、まだ何か話しかけていた。
「ん、ごめん。何?」
『何時なら、いいかなあって』
 恋人同士の会話じゃあるまいし、そこまで気にしなくてもいいのに。
「食べたら、僕から連絡するよ。それで、いいかなあ?」
『わかった! じゃあ、また後で』
 切れた携帯を暫らく眺めていた。湊は僕のことを何だと思っているのだろう。友人?
親友? それともクラスメート?

「……人の気持も知らないで」
 呟いた独り言を母に聞かれた。
「なあに? 彼女ができたの?」
「違うよ」
 手を合わせてご飯を食べようとしたら、母がそわそわしている。興味津津なのだな。
「相手は男だよ」
「残念!」

 
 食事を終えたので約束どおりに新しい携帯の電源を入れた。
これで連絡は可能だ。
しかし、湊に電話をして何を話すのだろう?
 とりあえず約束だからと電話を掛けてみた。
 呼び出し音が三回を数えたが湊は出ない。
(僕には三回コールで出ろというくせに!)
 呆れて、その携帯をベッドの上にぽんと置いた。僕は一体、何をしているのだろう。
「今頃、奈々さんと食事かな」
 声に出すと寂しさが募る。
しかし、これ以上は考えてはいけない。
僕は男で湊も男だ。
しかも湊は端整な顔立ちで女子に人気がありそうだ。

間違っているのは、僕なんだ。


6話に続きます

 一ヵ月後、いよいよまとめると決めた日に、僕は湊の家に泊まった。
湊一人では清書も大変だろうと思い、手伝ったのだ。
 しかし湊は教室内と変わらず、僕を見れば何か話したくて仕方がない。
落ち着かない湊のせいで清書の半分は僕がやる羽目になった。
 
 完成してほっとしたら、そのままテーブルに突っ伏して寝てしまったらしい。
朝日の光を窓越しに感じてゆっくり体を起すと、すぐ隣で湊が寝ていたので一気に目が覚めた。

「……何で、隣で寝ているんだよ。自分の部屋だろう、ベッドで寝ろよ……」
 
 欠伸をしながらその横顔を見て、胸がちくりと痛くなった。
 眉目秀麗という言葉は知っているが、こんなに綺麗な顔をしている湊を、間近で見たのは初めてだった。
(肌も綺麗、だな)
 静かに寝息を立てる湊の頬に、まるで導かれるように僕はこっそりキスをした。
悪戯心のつもりでいたが、この胸の高まりは違う感情が芽生えていると知らされた。
(気の迷いかもしれない。だって、僕は男で、湊も男で……)

 テーブルに頬杖をついて、湊が起きないか、暫らく待ったが、一向に起きる気配がしない。
「じゃ、学校で」
 そう呟くと湊の髪を軽く撫でて、僕は早朝、湊の家を出て電車に乗り、自宅に帰った。
 大急ぎでシャワーを浴び、シャツを羽織ながら慌しく携帯を操作した。
湊に必ずレポートを持って登校するように、メールを打ったのだ。
「まあ、忙しそう」
 母が呆れていたが、僕は携帯を閉じると制服を着て、冷蔵庫からウリヴェードという炭酸水を出して一口飲み、咽た。
「落ち着きなさいよ」
「遅刻しちゃう。行ってきます」

 僕からのメールをちゃんと読んだらしく、湊は完成したレポートを持参し、それは先生を唸らせた。
「まさか、ここまで詳細なものを書くとは」
 先生が湊と握手をしたので、隣で見ていて誇らしかった。これだけで怒りは消えた。
 このレポートは勿論文化祭に出品して皆の度肝を抜いた。
「マジで? ここまでやるかー、普通?」
「凄い、なんて行動力だ」
 皆の称賛を受けて、僕は嬉しかった。ようやく、肩の荷が下りたと安堵した。
たった、一ヶ月の間ではあるが、かなりのハードな日々だったので早く寝たいと思うのに湊が合コンに誘ってきた。勿論、断った。
「ごめん。悪いけど眠らせて」
「あ、そっか。こっちこそ、ごめん」
 
 その合コンで、湊は奈々さんに出会ったのだ。
その日は僕が眠いと言っても携帯を切らせてくれず、いつまでも奈々さんの話を聞かされた。
 途中で寝たが、朝方四時にふと目が覚めて携帯を耳にあてたらかすかな寝息が聞えた。
まるであのときのように、隣で湊が寝ているような感覚がした。

「湊だから、僕はここまでやったんだよ」
 別に誉めて欲しくないし、謝って欲しくもない。僕は、湊だったからここまでやれた。
 呟いたまま、また枕にうつぶせになった。



「あの頃を思い出すと、本当に、悠里におんぶに抱っこだった。ごめんね」
「何を言っているんだよ。湊が清書をしてくれたから完璧に仕上がったんだ。僕は湊に感謝しているよ。ありがとう」
 すると奈々さんが「ふふ」と笑った。
「あ、どうかしましたか?」
「二人があまりにも仲が良くて。妬けちゃいそうです」
「あ。あ……そ、そうですか? あの、すみません」
「謝らないで。湊は見かけがちゃらちゃらしているから、どんな友人がいるのかと、不安だったの。ほら、友人を見ればその人の性格や人となりがわかると言うでしょう? 森下くんを見て安心した。凄く、ほっとした」
 奈々さんを見て、僕は心が騒いだが。

(ん? 今、僕は何を考えた?)

「ところで悠里。プレゼントがあるんだ」
「は? 何で」
 誕生日でもないのだが?
「じゃーん」
 テーブルに、携帯の番号が描かれた白い箱が置かれた。
「これって、最新の機種じゃないか?」
「そう! 今日が発売日だったんだよ」
「それで学校を休んだわけね」
「そうそう! で、これが悠里の分」
「はあ?」
 僕は自分の携帯を持っているし、最新機種なんて、高くて手が出せない。
「ごめん。僕、お金に余裕がないから。好きな服やCDを買うだけで一杯一杯だよ」
「違うって。これが俺からのプレゼント」
「はああ?」
 全く意味がわからない。
「僕に、携帯を変えろと言うこと? それにしても高額のプレゼントは貰えないよ」
 しかし湊は首を振る。
「今週末の目玉商品でね、機種変更ゼロ円のなんだ。これに替えてもいいし、二台持ってもいいし。それは悠里の判断で」
「……すぐには替えられないよ。メールとか、消したくないものがあるし」
 機種変更をしたらアドレスとかは移せるが、貰ったメールまでは移せないはずだ。
「じゃあ、これは俺とのメールや会話専用」
「はっ? 湊、何を言い出すんだ?」
「いいじゃない。しかも、このオレンジ色は俺とお揃い」
「はあ? 湊、大丈夫か? 自分が何を言っているのかわかるか?」
 奈々さんの前で何を言い出すんだと、真剣に僕は悩んだ。
「森下くん、これは私からもお礼ということで。湊が信頼している友人のあなたに挨拶がてら、お礼がしたいの。使って欲しいの」
「あ、はあ……」
 奈々さんがそういうのなら、いいだろうか。
しかし普通に考えたら、『湊専用の携帯』なんて、あってはならないものではないか。
「携帯は一人一台の時代じゃないから。平気、平気。ね、悠里。このオレンジの携帯が鳴ったら、何処にいても三コールまでに取って」
「無茶を言うなあ……」
 恐らく機種変更で購入したら三万円は下らない。
週末セールの目玉とはいえ、そんなものを渡されて、僕は悩んだ。

「まだ、困っているの? 迷惑だった?」
 湊が前傾姿勢で顔を覗き込むので、慌てて首を振った。
「本当に貰っていいのかと、考えていただけだよ。困らないし、むしろありがたいくらいだよ?」
「あ、良かったー!」
 両手を挙げて微笑んでいる。この罪を知らない笑顔に絆される。
(本当に、何も考えていないんだな)
 それが僕には少しだけ寂しくて、逆に安堵する気持もあった。
 僕はコンビを組んでから、湊に対して心の中で特別な感情が芽生えていたのだ。
それは口には出せない、深く考えてもいけない悩みでもあるのだ。
 考えたら負けだ。
大事な友人を一人失うことになる。
だから僕は奈々さんとの交際に喜んで見せたし、正直に奈々さんは可愛らしいと感じることができた。
 でもどうしたことだろう。
僕の胸には風が吹いているんだ。
それは和室の障子紙を揺らす程の風で、僕はそのせいで心が冷えてしまうような錯覚がした。


5話に続きます

 クラスの連中は「目にもの見せたれ!」と応援してくれる男子や「せいぜい、頑張ってねー」と髪を指で巻く女子で盛り上がり、僕は、これは負けられないと思った。
 期限は一ヶ月。
僕は翌朝、早起きをして親よりも先に新聞を読み始めた。
 テーマは指定されていないから旬の話題を探したのだ。
何が適しているのか、どれならあの先生を倒せるか、目を皿のようにして隈なく読んだ。
 一時間後に父が起きてきて「新聞」と取り上げたので、中途半端ではあるが、二つ引っ掛かるテーマがあった。

 一つ目は食品の産地偽装のニュース。
そして二つ目は、犯罪を未然に防ぐ為にわが子の登下校を探偵に監視の依頼をする親がいるというコラムだ。
僕はノートにそれを書きながら、前者ではありきたりだと感じた。
すると後者を選択せざるを得ない。
しかしこれは探偵業に携る人との接触が不可欠だ。
実際に、そんな依頼があるのかどうかも確かめたい。

先ずは湊にテーマを決めたと連絡し、これで良いかと打診した。
「面白そうだけど、どうやって調べるんだ?まさか探偵の人に聞くわけにいかないし」
「聞かないと始まらないよ」
 
 僕はネットで探偵事務所を検索して、家からほど近い繁華街の雑居ビルに、一社あることを突き止めた。

「未成年が犯罪に巻き込まれる事件が多発する中で、わが子の登下校を見守る為に探偵の依頼が増えていることをレポートにしたい」   
 連絡を取って正直に話してみたが、当然、向こうは自分達の手の内を見せる真似はできないと言う。
しかし僕は怯まない。
「論点はそこではなく、親がそこまでしないと安心できない世情について論文を展開したい」
 これで相手は唸り、僕が事務所で手伝いをするという代価で何とか了承を得た。
勿論、出来上がったレポートは見せてくれ、とも言われたが。
話が決まったので、すぐに湊に連絡をした。

「え! 一人でやらないでよ。俺もやるよ」
 湊はそう言って慌てたが、僕は街中で歩くだけで目立つ湊は探偵の補佐すらもできないだろうと感じて、断った。
 探偵は尾行等の追跡調査が主なので、身なりが地味でなければならない。
人ごみの中にまぎれることができる人が探偵業に就けると事務所で聞いていた。
なので、湊には僕が箇条書きするメモをレポートに清書する役をお願いした。
 
 翌日から僕は放課後になると一目散にその事務所に行き、来客時のお茶出しから掃除に始まって、探偵業のさわりを教わった。
 探偵が依頼者と面会する際は特別応接室を使うのだが、この部屋の防音は病院の診察室よりも遥かに性能が良かった。
 壁は防音パネルを使用して音を遮断。
床も歩く音すらドアの向こうに聞えないように音を吸収する材質を使用していた。
これは全て依頼人のプライバシーを護るためだ。
 実際に僕が働いている夕方にも、若い女性が思いつめた表情で相談に来ていた。
彼氏の浮気調査かなと思ったら、わが子がどうやら学校でいじめに遭っているようだから、相手が誰か突き止めて欲しいという、正に僕が欲しかった相談だった。
 
 僕はこの事務所の正規の職員ではないので、立ち入った話は知らされないし、子供の尾行にも立ち会えなかったが、実際に依頼があることがわかり、その調査で、依頼人が事務所に払う金額も知ることができた。

 それは一週間で五十万円は下らないのだ。
高校生の僕には大金としか思えない。
僕はどうしてその請求額になるのか、聞いてみた。

「朝から夕方まで、その子に気付かれないように尾行するんだ。くわえて最近の子は塾にも行くからね。それが終わるのが二十二時とかなんて、ざらだよ。この額は殆ど人件費。尾行する探偵の神経が参っちゃうからねえ」
「成程……」
 ほぼ二十四時間体制で一週間か。これは心が折れそうだ。
事務所の社長さんは良い人で、常に僕にこう話してくれた。

「こんな裏の商売が繁盛するなんて、あまりよろしくないよ」
 この事務所は浮気調査から失踪した家族の捜索、果ては猫探しまで依頼を受けているが、
最近特に多いのが僕が狙いを定めた、わが子が事故に遭わないよう、学校でいじめにあっていないか等と心配する親御さんからの子供の監視の依頼だそうだ。

「学校に言っても殆どが調査をせずに『いじめはありません』と回答する世の中だからね。
親御さんとしては、やりきれないさ」
 
 僕は格差社会とか物価上昇のニュースよりも、この現実が痛々しく感じた。

「いじめている相手をつきとめたら、どうするのですか?」
「その子の写真を撮って、できれば現場も押さえた証拠写真を依頼人に渡して、終わり。
後は我々が介入することではないから」
 
 僕は大金を払ってでもわが子を守ろうとするのが正しいのかと考えた。
他に何か方法がないのだろうか。
その疑問を前面に出して、レポートを作成すればよいと、道筋が見えた。
 
 忘れないようにすぐにメモをして、家で防犯グッズなるものをネットで検索してプリントアウトした。
 メモ書きしたものを湊に渡すのはいつも翌日の教室内だったが、土日の分は渡せないので、わざわざ外で会うことにした。
 ファミレスでご飯を食べながら、最初はこのレポートの話ばかりだったが、急に湊が呟いた。

「他の話をしない? 悠里」
「……あ、うん」
 突然名前で呼ばれて動揺した。
それまでは互いが苗字で呼び合っていたのに何の前触れもなく、湊が僕を悠里と呼んだ。
 そのお蔭で次第にお互いが心を開いて、家族のことや趣味の話、僕達は色々なことを話した。
ときには腹を抱えて笑ったり、「それは苛立つね」と怒ったり、喜怒哀楽を共にした。
僕達は昔からの友人のように、距離感がなくなった。
 
4話に続きます
――僕達の通う学校には伝説がある。
高校二年の秋に年上の人と出会ったら、卒業後にその人と必ず結婚をするというものだ。
 入学時に校長が冗談めかして話していたのだが、その年に五組も婚約成立したのだから、
これは嘘ではない。
この学校には、きっと幸せになるパワーが溢れているのだろう。

「湊が僕達の中で一組目か。でも、お揃いの指輪がないのは理由でもあるの?」
「指輪が買えなくて、さ」
 携帯を買ったので懐が寒いのだろう。
それはわかるが、湊が平然としているので、ここはびしりと言わないと奈々さんが気の毒だと思った。

「湊、バイトをしろよ。そうして、早く奈々さんに指輪を渡せよ」
「そうだな」
 湊が力なく頷いたので、僕はまだ言っていなかった言葉に気がついた。
「ごめん。遅くなった。……おめでとう」
「ありがとう! 俺、悠里に言われると何でも凄く嬉しくなるんだ!」
 街を歩けば女性が振り返るようないい男なのに、どうして僕の言葉でこんなに嬉しがってくれるのだろう。

「森下くんって、素直で……湊の世話女房みたいなのね。だから湊は森下くんが気に入っているの」
 奈々さんが意外な言葉を口に出したので、僕は思考が停止した。
「え? 僕を気に入っているの?」
「あ、それは! あの、ほら!」
「……別に急かしていないよ」
「あのレポートだよ。あれを一緒にやって、凄く良い評価を貰ってから、俺は自信がついたし、悠里にも好感を持ったんだよ」
「そうか、ありがとう。僕も湊とコンビが組めて、本当によかったと思っているんだ」
「だよなー!」
 湊がいきなり席を立ち上がり、僕の手を掴んで振り回すので驚いた。
「湊、頼むから、落ち着いて!」
 人目を気にして小声で言ったら「あ、いけない」と手を放して、「ごめん!」と両手を合わせた。
「そんなに謝らなくていいよ。湊は時々、子供だなあ」
 僕が呟くと、奈々さんが頷いた。
「彼の友人が、こんなに良い人で安心したわ。
高校卒業まであと一年? それまでに指輪をお願いします」
「あ、はい! 必ず」
 いつもは自己中心的な性格の湊だけど、彼女に対しては誠実な気持なのが垣間見られて僕まで嬉しくなった。
 それにまだ敬語で話し合うこの二人を見ていて、初々しいなあと思った。

 甘いパネットーネを食べながら、湊が奈々さんに僕との出会いを話し始めた。
「悠里とはレポートでコンビを組むまでは、教室の中で挨拶くらいしかしたことがなかったんだけどさあ」
 そう。教室内では、気の合うもの同士でグループが出来ていて、僕と湊はそれぞれ別のグループにいたのだ。
女子は派閥を作っていて、何やら敵対しているが男はそこまではしない。
グループ同士で仲良く遊ぶことも多々ある。
そんな中、ひょんなことで僕は湊とコンビを組んだのだ。
 


――あれは文化祭に向けて、皆が出し物作りに夢中になっていた頃だ。
神経質で有名な日本史の先生が、いつも授業中に私語で煩い湊の机をノートで叩いて、こう言った。
「皆をあっと言わせるようなレポートを書いて、文化祭に出してみろ」
 それはかなり挑戦的な言い方だった。
多分、あの先生は湊をあまり良くは思っていなかっただろう。
それを聞きながら厄介なことを言い出したなと感じた。
皆を驚かせるレポートなんて漠然としていて何も思いつかない。
 しかし負けん気の湊は「はあ、はあ、そうですか」と鼻であしらった。
それは見ているこっちがハラハラする場面だった。

「どうせ一人では間に合わないだろう。誰かと一緒にやってもいいぞ?」
 その言い方を聞いて、僕はこの先生の鼻柱を折ってやりたい気になった。
もしも湊が指名してくれたら、僕は本気で付き合う気持になっていた。
「じゃあ、森下悠里と組みます」
 教室中がざわめいた。「え? 何で」の声も飛び交う。僕自身も声が出なかった。
僕と湊は、本当に関わりがなかったからだ。
「どうして森下なんだ?」
「閃きました」
「ようし。期待して待っているぞ」
(あの言い方、本当に憎たらしい!)
 
 僕は自分が馬鹿にされた気になった。
だから湊が僕の元に来て「頼むね」と言ったときは、その右手を握った。
「絶対に、あっと言わせてやろう」
「あ、うん」
 湊のほうが怖気づいて見えたが、僕は皆の前で湊に挑戦的な態度を取ったあの先生が許せなかった。
教師なのに、個人的な感情で生徒を煽るなんて最低だと思った。
だから絶対に隙のない、想像もつかない論点を引っ張り出す必要があった。

「そんなに怖い顔をしないでよ、森下」
「だって、僕はあの先生が許せないんだ。
南波を馬鹿にしたようなあの言い方、凄く腹立たしいよ」
 素直に気持を言うと、湊が顔を赤くした。
「や、でも。俺が悪いんだよ? いつも授業中に騒いじゃうからさ。目を付けられていたんだ、きっと」
「そうであっても教師がすることじゃない。僕は、とにかく許せないんだ。だから完璧に近いレポートを出して見せるよ」
 はっきりと言い切った僕に、湊がコツンとおでこを当ててきた。
「巻き込んで、ごめんね」
「……謝らないでいいんだよ」
 僕は湊と身長差があることに気付いた。
十センチも差はないけど、湊は背が低い僕に合わせて、ずっと前屈みで話していたのだ。


3話に続きます

「今日は静かだなと思ったら、南波湊(なんばみなと)が休んでいるのか!」
 先生の指摘に皆が苦笑いだ。
湊がいないと、授業中に私語をする奴もいないし、メモを回す子もいない。
「珍しいな、あの元気が取り柄の男が欠席か。あいつ、どうした? 森下は知らないか?」
「さあ、知りません」
 どうして僕に振るのかわからない。
僕は湊の保護者じゃないし、家族でもない。
「森下も知らないのかー」
「えっ」
 そこで諦めるなよ、先生。
他の奴に聞けばわかるかも知れないじゃないか。

「もう、すっかりコンビ扱いね」
 隣の席の星野サンが笑っている。
彼女は美人だけど、こういうところで笑うのが僕には癪に障る。
何だか馬鹿にされている気がするんだ。
多分、僕の思い違いだろうけど。
「二人で作ったあのレポート、良く出来ていたものね。森下ちゃんを見直したわ」
「そう? ありがとう」
 でも矢張り、上から目線な感じが拭えない。
 表面上は穏やかにしているけど、僕は星野サンには距離を置こうと決めている。

「あ」
 携帯が鳴ったので見ると、湊からだ。
送付されたメールを読んだら腹の底から笑いがこみ上げてきて堪えるのに必死だ。
 
 何と、あの男は新しい携帯を買う為に今日の授業を捨てたのだ。
土日を待てば『先着一名様ゼロ円!』みたいな広告が入るのに、わざわざ定価で購入したのはそのショップの店員のお姉さんと約束したかららしい。

 お姉さんとは合コンで知り合い、お互い意気投合したと聞いていたが、ここまでするとは男気がある奴だ。
しかし彼女と付き合う気かと、複雑な想いがする。高二だからおかしくはないんだけど。

 
放課後に一人で校門まで歩いていると、また携帯が鳴った。今度は電話だ。
「はい、悠里(ゆうり)です」
『今から<ピストーレ>においでよ』
 湊だ。今度は何だ。
「え。<ピストーレ>って駅前のパン屋だよね? どうして?」
『んー。悠里に紹介したい人がいるんだ。
どうやら俺は学校の伝説に乗っかっちゃったみたいで』
「はあ……。わかった。すぐに行くよ」
 携帯を閉じて駆け足で校門を出た。
ここから駅までは五百メートルくらいだ。
湊は、人を待つのが大嫌いだから走らなくちゃ。
 肩にかけた鞄を押さえながら、下校する人の波をかき分けて走ってパン屋を目指す。  
息がきれても走るつもりだったが、パン屋に着いたときには本当に息が切れて、膝がガクガクだ。
 しかし待たせられない。
深呼吸して息を整えるとパン屋のドアを開けた。「いらっしゃいませ」と細面の店長が出迎えてくれる。 
 この店は一階が売場で二階がカッフェだ。
売店では本場イタリアの天然酵母を使用したパネットーネや、ドルチェ感覚のパンドーロ、平べったいフォカッチャ等、イタリアを代表するパンがテーブルに並び、冷蔵のケーキケースの中にはティラミスやパンナコッタが揃い、見るものの食欲をそそる。
 だがこのお店は原料にこだわり、その経費がパンの価格に載せられてやや高めなのだ。
フォカッチャでさえ、中に具を挟んでいない状態で五百円もする。
百円のジャンクフードに慣れた学生には利用しづらいお店で、僕も数回しかきたことが無い。
 ここを利用するのは洒落た雰囲気を楽しむセレブな女性だろう。
それに合わせてか、イタリアのオペラ作曲家・ロッシーニの音楽が店内に流れている。  
そんな大人の社交的な空気が漂う中、二階のカッフェで湊が待っていた。

「来てくれてありがとう、悠里」
「あはは、びっくりしたよ」
湊は繁華街でよく見かけるギャル男系。
茶色い髪にエアリー感のある盛った髪型で、僕から言わせて貰えばホストみたいだが、小顔の湊にはまっている。   
そして服はムラ染めでスタッズ加工のシャツに、ビンテージデニムを着こなしていて、それが実によく似合う。

「制服より、こっちのほうが似合うね」
「ありがとう。何か、悠里に言われると凄く嬉しい」
 満面の笑顔を見せられると僕も嬉しくなる。

「それで、彼女は何処?」
「そうそう。紹介するよ。んっんん!」
 咳払いが合図か、女性が現れた。
「合コンで出会った、奈々さん。携帯ショップに勤務って……知っているよね」
「うん」
 苦笑して、奈々さんに頭を下げた。
「はじめまして、森下悠里です」
「わあ。聞いた感じよりも可愛い!」
「は?」
 思わず湊を見ると、にんまりとしている。
「悠里のことを聞かれたから、まるで子犬のように、愛くるしいと言ったんだ」
「子犬か。……酷いな」
 吹き出すと、奈々さんも微笑んでいた。
 まるで花が咲き開くようなその微笑には、惹きつけられる魅力があった。
「こんなに可愛い人が湊の彼女? なんて羨ましい」
「可愛いだなんて。お上手ですね」
 ゆるく巻いた髪と、頬の赤みが、穏やかな性格を表しているようで僕は好感を抱いた。
この人と付き合うなら『伝説に乗っかった』と胸を張って言えるだろう。


2話に続きます
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