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僕の声と電話の呼び出しベルが重なった。
 びくりとして賭け時計を見ると、丁度十時だ。
一斉に鳴り始めた電話を前にして、どれから取って良いのかわからない。
「近い所からで、いいよ」
 鶴前さんはもう受話器を持っていた。
何やら笑顔で応対していて感じが良い。ただ、デスクにお尻を乗せているけど。
 僕も頑張らなくてはいけない。受話器を持ち、鶴前さんのメモを見た。
「はい、一富士商事です」
『……営業の大和です』
 あれっ、いきなりメモには無い応答だぞ。
 どうしよう、この場合は何て応えたら良いのかな?
『きみは誰? ハルは近くにいない?』
「あ、あの。僕は今日からここにバイトに来た犬山です。ハル……鶴前さんは他の電話に出ています」
『そう。じゃあ、西店のオーナーから電話が入ったらすぐに教えてと、メモに書いてハルに渡しておいて』
「あ、はい!」
『元気が良いね。ハルのサポートをしっかりお願いするよ。じゃあ、失礼します』
「はいっ、失礼します」
 穏やかな声の人だな。
言われた通りにメモを前鶴さんに渡そう。
僕も走り書きだけど読めるかな? 鶴前さんの側に駆け寄ると、電話の相手と真剣に話している。

「ええ、そのデータを調べるのに時間をいただきたいのですが」

うわ、忙しそうだな。受話器を肩で押さえながらファイルを捲っている鶴前さんにメモを渡すと、慌てて目を通してくれた。

「よ、読めますか?」
小さな声で尋ねると、親指を立ててウインクしてくれた。

その仕草に心臓が飛び跳ねた。
眩暈がしそうだ。
思わず足元がぐらついた僕に、容赦なく聞える電話の呼び出しベル。
慌てて近くの受話器を取ると、今度はメモ通りの受け答えで済んだ。



――応対を数回こなしたら慣れた。
最初はメモ通り出来ず怖気付いたのに、今や言葉も噛まずにすらすらと言える。
早くも順応性が鍛えられたのだろうか?
受話器を取るのも手慣れたもので、さっと取ればすぐに「はい、一富士商事です」と。
まあ、こんなものと得意になってきた。用件をメモしながら決め台詞の様に「それでは」と言いかけたらゴトンと音がした。
「あっ。一番遠い所が!」
 鶴前さんの声にびっくりして顔を上げるとデスクの上を鶴前さんが走っている。当然靴は脱いでいるけど、そんな所を本当に走るとは思わなかった。衝撃的な光景だ。鶴前さんは一番端のデスクの上から電話機を本体ごと持上げると、何食わぬ顔で受話器を取った。
「お待たせしました。一富士商事です」
 凄い笑顔。この人こそ、プロだ。

『……もしもし? ちょっと、きみ?』
「あ、すみませんっ。で、では折り返し……後程折り返しますので」
 ああっ、また噛んでしまった。折角慣れたと思ったのに油断大敵だ。背中に汗をかきながら話し終えて受話器を置いた。

「ようやく、波が引いたね」
 目の前に前鶴さんがいた。デスクに座ったままで、僕が見上げる格好なのだが、その姿勢よりも緩めたネクタイが気になる。
「お疲れ様」
「あっ、はい、お疲れ様です」
 隙間のある襟元に目が釘付けだ。そのネクタイを直してみたい、そんな衝動にかられてしまいそう。
「じゃあ、電話のメモをください」
「はいっ」
 受けた電話のメモを渡すと、「あ」と小さいけど高い声をあげた。
「どうかしましたか?」
「西店のオーナーだ。大和さんに電話をしなくては」
 いきなり、僕の手をぎゅっと握った。
「えっ? つ、鶴前さん?」
「あ、ごめん。……じゃなくて、犬山くんが受話器をつかんだままだからだよー。この電話を借りていい?」
「す、すみません! ど、どうぞ!」
 うわあ、顔が熱い。恥かしいな。
「犬山くんって、さあ」
「は、はい」
「手も、大きいね」
 微笑まないで! 理性が吹き飛びそう。
しかし鶴前さんに手を握られた時、何の不自然さも感じなかった。これは大事だと思う。
 僕は生理的に合わない人だと、指が触れただけでも寒気がする。だらしない格好をしているとか、清潔感が無い人は受付けない。そんな人には元々近寄らないけど、万が一、肌が触れてしまったら鳥肌ものだ。
 鶴前さんはどうだろう。僕に触って嫌だと感じていないだろうか。それが気になるな。
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