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朝は筋肉痛で容易に起き上がれなかった。
腰も痛いけど足が重い。バスケで鍛えていたのに何故だ。

「ケン、学校はお休みなの?」
母さんが山の様な洗濯物を担いでいる。朝から大変だな。本当に女性は強い。
「午後から行くよ」
「大学生はのんきでいいわねえ。で、バイトはお休み?」
「うん、一日中勤務出来る日だけだから。週に三日しか行かないな」
 
そうだ。それを鶴前さんに言っていなかった! 
気持ばかりが先走って立ち上がったら激痛が全身を貫いた。
「痛い!」
 しかし、行かなくちゃ。僕を待っている人がいるのだ。
「ケン、大学は午後からでしょう?」
「バイトだよ、バイト!」
「よくわからない子ねえ」
「母さん、湿布はどこ?」
 
腰と足に湿布を貼って、ぎしぎしと動く体を無理やり前に進めた。
乗った電車の揺れる度に電流が走るよう。
このくらい、数時間で消えるはずだ、頑張れ、自分。

会社に着くと急いでエレベーターに乗った。
五階を押して、やれやれと一息つく。
今頃は電話の洪水だろうか、少しでも役に立てたら良いのだが。
焦る僕に合わせたのか、エレベーターはチンと音を鳴らして扉を開けた。

「えっ」
 開いたドアの向こうに鶴前さんがいた。

「おはようございます」
僕を見てびっくりしながらも笑顔で挨拶をしてくれた。あ、今日も可愛らしい。

「お、おはようございます。あ、もう五階に着いたのですね」
「違うよ、ここは三階。ケンちゃん、今日はお休みではなかった?」
 
あ、知っていたのか。人事担当に聞いたのかな。
エレベーターに乗り込んできた鶴前さんを見ながらドアを閉めた。

「すみません。昨日その事を伝え忘れていたので、鶴前さんに迷惑をおかけしていないかと心配で……来てしまいました」
「責任感が強いね。わざわざありがとう」
今日もブランド物のスーツだなあ。
スリムなデザインで、仕立てが良いのがわかる。

「そうだ、ケンちゃん。お金を返すから営業部までいいかな」
「お金?」
「タクシー代だよ。あれからちゃんと帰れたの? 一万円札を渡すなんてきざな真似をしなくて良いのに。心配したよ」
「あ、歩いて帰りました」
「えっ。大丈夫? だって自宅は隣街だろう、電車で三つ向こうの駅だから……」
「大丈夫です。犬ですから!」
僕の言い方がさぞおかしかったらしく、鶴前さんが噴出した。ああ、この笑顔が好きだ。
談笑しながら営業部に着いたら、電話もならない静かな空間だ。昨日とは違うな。

「実は朝から電話回線が不通でね。パソコンも使えない状態なのだよ」
「えっ! 大変な事態じゃないですか!」
「でも今日は営業担当が会議だからね、特に支障はないし。さっき商品部のパソコンが起動したから、ここも復旧するだろう」
 さらっとしているけど大変なことでは?

「気にしないで、学校へ行きなさい」
「でも、復旧したら入力もあるでしょう?」
「ケンちゃんは学生だ。学業を優先して」
「じゃあ、終わったらまた来ます!」
「えっ。悪いよ、そんな……」

「僕は前鶴さんの力になりたいのです」
「え」
鶴前さんが椅子に座り損ねて床に尻餅をついてしまった。

「わわ、大丈夫ですか!」
「みっともないところを見られちゃったな」
ふふっと笑って立ち上がろうとしたので手を差し伸べた。
「捕まってください」
「あ、ありがとう」
 ぎゅっと握った手を引き上げようとして、急に足に激痛が走った。

「いてっ!」
「ケンちゃん?」
 しまった、筋肉痛が……。我慢だ、堪えきるのだ!
「何でもないです、気にしないで!」
 
ぐいっと引き上げると、ようやく鶴前さんを立たせる事が出来た。
こんな些細な事でも助けになりたかったので嬉しい。
心の中ではガッツポーズだけど、実際は両膝をついてしまった。ああ、格好悪いな。

「もしかして筋肉痛?」
「はい。鍛えていたのにおかしいですよね」
「おかしくないよ。ごめんね、ありがとう」
 僕の頬に指が触れた。

「可愛い番犬にご褒美をあげたいのだけど、今はこれしかないな」
 
言いながら前鶴さんの顔が、ぐっと近づいた。
甘い香りがした。そして僕の唇に柔らかい何かが触れた。
それは唇を吸って、口の中に入り込んできた。これって、まさか?

「ん」
息遣いに漏れるこの声にビクンとした。やがてゆっくり離れた唇を見つめてしまう。

「あの……」
濡れた唇を指でなぞった。どうしよう、心臓が爆発しそうだよ!

「ケンちゃんの顔、真っ赤だよ。ごめん、ふざけているのではなくて、その」
あ、その先の言葉が聞きたい。もしかして、期待をしてもいいのかな!

「商品部でチョコレートをもらって食べたばかりだから、味が伝わるかなあと思って」
 
はい? 何だって?


「甘かったでしょう?」
「はい。確かに甘かったです。……って、前鶴さん!」
「どうかした?」
本当に天然なのかな。

「からかわないでください」
「そんなつもりは無いよ?」

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