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 放課後、帰宅すると何処かで携帯が鳴っている。
鞄を開けたがこっちではない。
オレンジか、と音のする方向へ慌てて駆けつけた。
「はい、悠里です」
『走ったの? 凄く息切れしているじゃないか』
 悠長なことだ。
人を走らせておいて驚くな。
「ああ、今、帰宅したばかりだったから。で、何?」
『あのさー。バイトが決まったんだけど』
「お! 凄いじゃないか! こんなに早く決まるなんて、ラッキーだよ。それで、何処で働くの?」
『駅前のパン屋さん』
「昨日、行ったところ?」
『うん』
 
 こういうこともあるのだなと思う。
何気なく利用したお店に雇われるなんて、きっと何かの縁だ。

「頑張ってね」
『それが聞きたくて悠里に電話をしちゃったんだよなー。あー。嬉しい!』
 え。今、何て言ったんだ。
「湊、奈々さんには勿論話したよな?」
『え。まだだよ。だから、最初に悠里に電話したんだって!』
 この男には勘弁ならない。
「早く奈々さんにも電話をしなよ。じゃあ」
 切ろうとしたら、何かを話していた。
「ごめん、何て?」
『悠里ってさあ。俺のことをどう思っているの? 俺は悠里が好きなのに、こうして冷たくされると、へこむんだけど』
「今、冷たいことをした?」
『した。今、切ろうとした』
 複雑な気持だ。二の句が継げずに黙り込み、僕は携帯を耳にあてたままでいた。
『悠里、怒った?』
 怒るわけがない。
『何か、言ってよ』
 言えるはずもない。
『俺は悠里に嫌われたくないんだ、それだけなんだけど』
「それが……湊、僕は怒っていないし、嫌いにもならないよ」
 視界が急にぼやけてきた。どうしたのかなと思ったら、頬に何かが落ちた。
「嫌いになるわけがないよ」
『……悠里? どうした、泣いているの?
何で? 俺、きつかった?』
「きつくないよ……」
 
 僕は抑えきれない恋情と葛藤している。
今もしも口に出したら、この友情は壊れてしまうのだろう。
嫌だ、僕は湊が離れるのが怖い。
クラスの皆は湊が僕に依存していると言うけど、本当に依存しているのは僕なんだ。

「花粉症なんだ……」
 咄嗟についた嘘はこの季節では稀な病だ。
しかし湊は『そうだったんだ?』と明るい声を聞かせてくれた。
 ゴトンと足元で音がした。携帯を指から滑り落としてしまったのだ。
(もう限界だ!)

 胸が苦しい、息をするのも辛い。
目からは雫が落ちて膝を濡らすし、足元の携帯は機械音がツーツーと流れている。
「もう、どうにもできないよ……」
 この気持は自分では昇華できないらしい。



 
 郊外学習なんてすっかり忘れていた。
突然、担任の特製のしおりが前の席から回ってきて、皆がドン引きしている。
「普通、作るかー?」
「有り得ないっしょー」
 皆が陰鬱な空気を出しているのは、しおりに書かれたやる気マンマンの文章だ。
どうやら担任はアウトドア派らしかった。

<当日は七時に正門前に集合。バスに乗って、標高二百五十三メートルの高根山の麓まで行く。そこから探索スタート! 自然に囲まれた頂上付近にある公園でくつろぐもよし、川で水遊びも楽しい。普段の生活でのストレスを発散しよう!>から始まって持ちものは、弁当とおやつだの、バスは出席番号順に座れと計画が出されている。うんざりだ。

 しかしこれでも書き漏らしたことがあるそうだ。
何かと聞けば「おやつは千円までOKだぞ!」と言う。
「そんなに持っていく奴はいねえよ!」
「もう、馬鹿じゃないの?」
 皆が「あーあ」と無気力になる中で、委員長が立ちあがった。
「この郊外学習を行う理由は何ですか。僕達は来年受験生になるんですよ。もっと有意義な時間の使い方はないのですか」
 まともな意見に皆が拍手をする。
「でも、三組の奴らは動物園に行くんだら、まだマシだよ?」
 湊の発言に皆がどよめく。
「うわ。動物臭そう」
「秋の動物園なんて寒そう。きついなー」
「だから、まだマシなんだって」
 湊はそう言いながらも項垂れている。
「一組は水族館だけどね」
「げー! そっちがいい!」
「先生! 私達も水族館にしてよ!」
 一気に膨れ上がった不満が爆発して、今日のホームルームは一時間目に突入しても終わらなかった。
「毎年、山登りを経験したクラスから、伝説に乗っかる奴がでるんだぞ!」
 担任の嘘か誠か知れない鶴の一声で、皆が固まった。



 放課後はバイトに急ぐ湊を見送って、帰宅した。
あんな電話の後だから気まずいと思ったけど、いつもと変わらなかった。
 それが安堵であり、寂しくもある。
僕のことなんて湊には友人の一人なのだろう。
 夕食の前に小腹が空いたので、冷蔵庫からプリンを出して、リビングでテレビを見ながら食べていた。すると携帯の鳴る音がする。これは湊だ、慌てて携帯に出ると笑い声がした。
『悠里は本当に、三コールまでに取ってくれるんだ?』
「湊が取れって、言ったんじゃないか」
 慌てたからプリンをこぼしてしまった。
話しながら布巾で掃除を始める。
「で、何かあったの? バイトしているんだろう?」
『うん。今、休憩』
「そういうときは、奈々さんに掛けろよ。もう、本当に湊は!」
『俺が話をしたいのは悠里なんだけど』
 まただ。好意があるようで胸が苦しくなる。
「あのさ」
 振り切って、奈々さんに掛けるように言おうとした。
「あの……」
『俺、何か間違えた気がする』
「何が?」
『俺は恋がしたかっただけなのかも』
 寂しそうな声にいた堪れなくなる。布巾を放置して、湊の言葉を一言一句逃すまいと携帯に神経を集中した。
『俺、わからなくなったんだ。でも答えを出さないといけないのもわかっている』
 抽象的過ぎて何かわからない。
バイトでくじけたのだろうか、それとも奈々さんと何かあったのか。
「湊。バイトは何時に終わる?」
『今日は二十時にあがるけど』
「外で……会おうか」
 自分で自分を追い込んだ。
そんなことをしたら、気持を吐露するかも知れない。
だけど、寂しげな声を聞くと何とかしてあげたいと思う。
たとえ、何が起ころうとも、湊の力になりたい。気持を押し隠そう。頑張れば、きっとできる。
『本当に?』
「うん。何か……会いたくなった」

(しまった!)
 
 決めた側から何てことを口走ったんだ?
 どうしよう、湊がいつものように聞き流してくれたらいいのだが。
『俺も会いたい』
 心が痛い。
携帯を持つ手が震えてきた。
『悠里に会いたい。だから……バイト、頑張るよ』
 明るい声に罪の意識がない。
僕の心は思いを伝えよと騒いでいるのに、どうしても友情を壊したくなかった。
壊れたら二度と湊と話さえできなくなるとわかっているから。


9話に続きます

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