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「今日、お客さんに『可愛いね』って言われちゃった」
 嬉しそうにはにかむバイト仲間の女子を、皆藤理仁(かいとう りひと)は「へえ」と聞き流した。
この子がどこの誰に何を言われようと自分には関係ない、そう思っているからだ。
 しかし女子は不服そうに制服に着替える理仁を見上げた。
「ここはコンビニだから声をかけられやすいって思っているんでしょう?」
「は?」
「他のお客さんにも『胸が大きいねー』とか言われたよ?」
「ふーん」
「セクハラじゃん。少しは気にしてくれてもいいのに」
「はあ?」
 理仁には全くわけがわからない話だ。
どうして女子が喧嘩腰なのかさえ理解できない。
「もう時間だろう、お疲れ様」
 理仁は交代してレジに立ち、さっそくカゴを持ってきたお客様に「いらっしゃいませ」と挨拶をした。
 
 ここは24時間営業のコンビニだ。
理仁は大学に通うかたわら、ここで夜勤のバイトをしながら学費をまかなっていた。
 大学進学は自分で決めたことだから、親にお金を払ってもらうのはおかしいと理仁は考えている。
しかしバイト仲間の大半は遊ぶお金欲しさにバイトをしているので、理仁とは責任感の重さが異なる。
決められた時間内で精一杯の仕事をする理仁は「真面目すぎる」と男子から不評を受け、
そして女子からは隙を伺う目で見られていた。

 理仁は18歳にしては幼さの残る黒目がちの子だ。
身長も165センチでとどまっており、細身のせいか実年齢よりも若く見られがちだ。
これが理仁のコンプレックスだが女子には惹かれるものがあるらしく、日々声を掛けられていた。
 しかし毎日コンビニで20時から翌朝9時まで働いたあと、自宅に直行して1時間の仮眠を取り、
起きたら大学に通うと言う分刻みのスケジュールをこなす理仁には女子の相手はできない。
それどころか女子の名前さえ覚えていない始末だ。



「ありがとうございました」
 理仁が頭を下げてお客様を見送ると、すぐに次のお客様がカゴを置いた。
「いらっしゃいませ」
 いつものようにバーコードをスキャンしていると「ここで働いていたのか」と男性の声がする。
理仁がふと顔を上げると、どこかで見かけたような気がした。
彼は背が高くてすらりとした物腰、そして目鼻立ちのとおった男前だ。
理仁はスキャンをしながら小首を傾げた。
「皆藤くんは声をかけられることに慣れているみたいだな」
 彼は理仁の名札を眺めていた。
写真つきの名札は見られると恥かしいものだ、理仁は苗字を呼ばれて少し戸惑ったが、
すぐに頭を切り替えてスキャンを続けた。
「お弁当は温めますか?」
「いや、結構」
 お客様とのやり取りはこれくらいのものだ、特に20時台は夜食を買うお客様で店内は混雑する。
理仁はレジ袋に商品を入れると代金を受け取り「ありがとうございました」と頭を下げた。
 すると「上がりは9時だったかな」と再び声をかけられた。
「そうです」
 理仁が軽く会釈をすると彼は笑顔で手を振った。
「皆藤くん、またね」
「はあ」
 理仁は全く思い出せないが、あの親しみのある感じはどこかで会っていたのだろう。
大学の構内か、それともどこだと疑問が頭をよぎったが、次のお客様がビールを6本も置いたので、
「ありがとうございます」と笑顔で応対して仕事を続けた。


 翌朝9時になり、理仁はバイト仲間と交代して制服を脱いだ。
いくら若いと言っても連日の夜勤はかなりこたえる。
少しでも長く眠りたいものだ、理仁はコンビニのドアを開けて出て行こうとした。
 しかし入ろうとしたお客様がいたのでドアを開けて待つと「ありがとう」と礼を言われた。
疲れた体にこの一言は癒しだ。
「どういたしまして」と理仁は言い、外に一歩出たところで「皆藤くん!」と呼ばれた。
「はい」
 見返ると、昨晩来店したお客様だった。
さて、どう挨拶をしたものかと理仁が迷うと「上がりの時間だね。お疲れ様」と肩を軽く叩かれた。
「は、ありがとうございます」
 理仁はなぜだか急に恥かしくなり、コンビニの脇に停めておいた自分の自転車にまたがると、
力強くペダルを漕ぎ、帰宅を急いだ。

 あのお客様は誰なのか、理仁はまだ思い出せない。
大学の構内にも覚えがないが、コンビニの常連客だろうか。
しかし1日に100人くらいは来店するコンビニだ、顔を覚えられなくて当然だろう。
 だが、彼からほのかに漂う香水に、ピンときた。
いつも9時にコンビニから出るときにドアのところですれ違う男性だと気付いたのだ。

 自分よりも背が高くて、いつも質の良さそうなスーツを着ている。
しかも靴までいつも磨かれていて住む世界が違う人だと理仁は思った。
だから覚えていたのだろう、それは相手も同じことかもしれない。
 しかしわざわざ苗字を呼ぶのは常連客でもありえないことだった。
「…うーん。何かがひっかかるけど」
 理仁は独り言を呟きながらペダルを漕いだ。
白い息が頬をかすめていく。
自転車のタイヤが枯葉を踏んでカシャと音を立てる。
もうすぐ冬なのだ。
「明日からマフラーも持ってこよう」
 寒い首周りにぞくぞくしながら、理仁はつぶやき、青信号の歩道を駆け抜けた。



 2話に続きます




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