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2009.05.26 mellow・5
 校内には当然女子がいて、しかも男子の人数よりも多いと聞いていた。
廊下を歩けば男子よりも女子が目につくし、彼女たちは競って花を咲かすように日ごと輝いていく。
その姿はまるで熟す前の青い果実だ。
誰だってその姿に引き寄せられるだろうし、関心を持つだろう。

 しかし健は違っていた。
幼い頃からただ1人をずっと見てきたのだ。
 『好きな人はいる?』の問いに答えはある。

 だがだんまりを決め込んだ健に担任は目を細めた。
担任の指が健の髪をつまみ、焦れたように「付き合いたい」と繰り返す。

「どうして女子じゃないんですか」
 ようやく口を開いた健に担任が缶コーヒーを渡した。
健はそれを1口飲むと、「うん」とパンを飲み込んで担任を見上げた。
「可愛い女子、いっぱいいますよ?」
「私は女系家族で育ったせいか昔から女性が苦手でね、この年で交際したことがないんだ」
「へえ。じゃあ童貞ですか」
 率直な健の言い方に担任は吹き出した。
「それは卒業している。思い出すだけで吐きそうだが処理しておかないといけないからね」
「ふうん…」
 健は立ち上がり「ごちそうさまでした」と頭を下げた。

「直江、いつでもいいから返事を聞かせてくれないか?」
 慌てる担任に、健は首をかしげて「名前、何でしたっけ」と聞いた。
「加賀だよ。加賀総一郎」
「じゃあ加賀先生。僕は先延ばしにしたくないんです、返事は了解・でいいですか」
「あ・ありがとう…」
 感激したのか頬を赤く染める担任を見て、健はこれでいいとうなづいた。
幼い頃から好きな人は自分の気持ちに気付かない。
もっともそれは健が本人に言わないから気付かれないのだが、健はそこに思い当たらない。
側にいればやがて気付くと勝手に思い込み、何年も過ぎていた。
「直江?」
 担任に声をかけられて健は、はっとした。
好きな人のことを考えてしまい、泣きたい気分になっていた。
そんな顔を誰にも見られたくない、健は自分の頬を叩いて「ふう」と息を吐いた。
「あ、じゃあ僕はこれで失礼します」
 出て行こうとする健に担任は「放課後、家まで送るから」と裏門に来るように言った。
「定期があるから電車で帰りますよ」
「つれないな」
 担任が顔を曇らせて寂しそうな表情を見せるので、健は思いとどまった。
健は担任と光が同じ系列の人間だと感じたのだ。
どちらも手がかかって情けない、だけど器量は良い。
「わかりました」
 健は何を思ったのか担任の手に自分の手を重ね、職員室を後にした。
この行為はどうしてしたのか、健は自分でもわからない。

「あ、そうか」
 幼いころ、サッカーの試合前に友人達と円陣を組んで手を重ねあい「ゴー!」と気合をいれたものだ。
「でもあの人は勘違いをするだろうな」
 
 健は独り言をぼやきながら廊下の壁にもたれて涼んだ。
周りは女子ばかりだが、健はまったく気にしない。
むしろ女子のほうが健に興味を持って「どうかしたのー直江ちゃん」などと話しかけてくる。
「暑いからだよー」
「わかるー。教室は暑すぎ」
 1人の女子が健をからかうつもりでスカートの裾を少しだけ持上げた。
しかし健は気付かず、女子は頬を膨らませた。
「据え膳食わぬはなんとやらだよー」
「は?据え膳?」
 健は目を見張った。
どこに据え膳があるのかと辺りを見回すが、同じクラスの女子しかいない。
「直江ちゃん、女嫌い?」
「そんなことはないよ。中学のころに付き合った子がいたし」
 健がとぼけると女子は「あーあ」と力の抜けた声を出す。
「もう。直江ちゃんと付き合えるのはどんな子だろうねー?私たちが側にいても関心を寄せてくれないんだから」
 
 女子の追及に嫌気がさした健は暑い教室に戻った。
そして光を探すと自分の席で本を読んでいた。
見かけがホスト風情なので読書なんてそぐわない姿だ。
 健は光の席に寄り、下敷きで扇いだ。
「暑くないの?」
「あ。健…」
 顔を上げた光は額に汗を浮かべていた。
「暑いけどどうしても読みたい本だから我慢していた」
「…風邪をひくぞ?」
 健はハンカチを差し出した。
すると光は「自分のがあるから」とカバンを開けてハンカチを取り出す。
「汗をかいていたなんて知らなかった」
「熱中症になるよ?気をつけろよ」
 健の言葉に光がうなづいた。
「昔みたいだなー。ほら、中学のときに俺が熱中症で倒れたときのこと、覚えている?」
「ああ、覚えているよ」
「あのときも健が助けてくれたんだ」
 嬉しそうな笑顔の光に、健はタイミングが悪いと自覚しながらも「用事ができたから一緒に帰れない」と告げた。
「え、どうして」

「悪い、電話をするよ」
 健は軽く頭を下げるが、光は納得しかねる顔つきだ。

「やっぱり距離を感じるよ」
「えっ」
「なんか…健が遠くに行くような気がする」
 光は伏目がちに言った。
こんなとき、いつもの健なら「そんなことはない」と言い切るのだが、なにも言えなかった。
何故か担任と付き合うことに負い目を感じたのだ。
 光と似ているから付き合うのか?と自問自答していた。
好きな人は目の前にいるのに、とんだ遠回りを選択したものだった。

6話に続きます
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